形を求め、心を表す踊りを

=ルスラン・スフシン撮影

=ルスラン・スフシン撮影

全身から発する強烈なエネルギー。 同時に、ほのぼのとした温かみも。こちらの顔もついほころんでしまう。百年も前から友達だったような気がする。名門ボリショイ劇場きっての業師の素顔は、そんな好青年だった。
 1970年横浜生まれ。高校卒業後 、 東京に開校したソビエト・バレエ ・インスティテュートに入っ た 。 「パンフレットに『頑張ればソ連留学も可能』と書いてあった。夢のようでした」と振り返る。みごと留学のチャンスをつかみ、 90年に国立モスクワ・バレエ・アカデミーに入学した。
 96年にはボリショイ劇場のソリストとなり、2003年に、外国人として史上初めて第1ソリストに昇格。09年、ロシア政府から友好勲章を受け、10年には日本の芸術選奨文部科学大臣賞を受賞した。ソ連時代から現代までのバレエを知り尽くした生き証人でもある 。
 「昔のバレエって素晴らしかったと思う。それは形を追求しながら、人間の心を表現していたから」
 08年に振付師を育成するワークショップに参加して、「 魂 」と言うバレエを作った。クラシック・バレエなのに日本的な動作が加えられている。「合気道、盆踊り、日本舞踊などで色づけしたのです 。
  「 魂 」の出演者と観客の両方が、作品に込めた思いを感じたようだ。「すごく才能のあるボリショイのダンサーたちが踊ってくれて、僕の求めたことをすぐ自分のものにしました。3日間ボリショイで上演した後、ロシア各地で30回以上やったんですが、いつもお客様は総立ちで拍手してくれました」。

 

日本武道も生かす 

 バレエのかたわら、打ち込んできた合気道と居合の経験が生きた。「バレエの助けになるんです。体の動きがしっかりしてきました。ただ 、バレエの動きは上に引っぱられるのに 、武道は重心が下がりますから、ときどき混乱しますけど」。
 今、子供たちのために「青い鳥」というバレエを作っている。「ペルミで、クリスマスとお正月にやります。子供に分かりやすくて、大人が見てもちゃんと楽しめる作品にしたいと思っています」。
ウクライナ・ハリコフ市の子供のバレエ学校のために、新作「親指姫」を作ったり、友人がモスクワで開く小さなバレエ団で「シンデレラ」を上演したりする計画もある。「僕はクラシックにあこがれてロシアにやって来て勉強したので、きれいなクラシックなものを作りたいですね」。
 理想のバレエを追い求めてソ連に渡り、無我夢中で走り続けているうちに、ロシア滞在はいつしか21年間を超えた。「ロシアで長く暮らせるかどうかは、『波長が合うか合わないか』ですね。こちらが心を開くと、ロシア人はすごく暖かくて、形式ばったところがないですよ」。
 奥さんはロシア人のバレリーナだ。国立ロシア・バレエ団にいっしょに入った。「バレエ団は大きな家族みたい。朝から晩までずっといっしょにいました。移動もいっしょ。大変な時も彼女が僕のことを助けてくれて、仲良くなって、結局、 結婚しました」。
 娘が2人。「16歳の長女はバレエ・スクールに通っています。下の子は歌を歌いたいと、近くの音楽学校に通っています」。 毎年夏は、家族で日本に帰省する 。
 あらゆる夢を実現してきたかに見えるが、これからも自分自身をライバルとして踊り続けるのだろう。自己の限界を破り、未踏のレベルに到達するために。