嘉納治五郎からプーチンまで

プーチン大統領と安倍首相は、柔道の総本山「講道館」を訪れた、2016年12月16日

プーチン大統領と安倍首相は、柔道の総本山「講道館」を訪れた、2016年12月16日

=ロイター通信
 12月16日、露日首脳会談と共同記者会見を終えたプーチン大統領と安倍首相は、柔道の総本山「講道館」を訪れ、演武を見学、旧知の柔道家、山下泰裕氏らと歓談した。講道館と、柔道家としても知られるプーチン大統領は、1世紀にわたる歴史と縁でつながれていた。

 12月16日の共同記者会見後、安倍首相はプーチン大統領に、柔道の総本山「講道館」を訪れようと提案した。

 「記者会見後に我々は、柔道の総本山『講道館』に一緒に行くことができる。そして、ウラジーミルが尊敬している柔道の創始者、嘉納治五郎の哲学と理念を肌で感られると思う」。安倍首相はプーチン大統領との共同記者会見のなかでこう言った。

 奇しくもちょうどその前日の12月15日、モスクワにおいても、柔道の理念とある人物について思い起こしていた。これは、安倍首相が今年9月2日にウラジオストクでプーチン大統領に訪ねていたあの人物、ワシリー・オシェプコフだ。

 彼は、ロシア人としては初めて講道館で学び、嘉納治五郎の直弟子だった。そして嘉納の手から初段と二段を授与されている。オシェプコフは、ロシアにおける柔道の始祖であり、後に格闘技サンボを編み出した。

 彼は、未来のロシア大統領と同じく諜報機関に勤めていたが、プーチンのようにドイツではなく、日本で勤務していた。そのオシェプコフについて、ちょうどプーチンと安倍が山口・長門で会談した日に、モスクワでも話していたのは、まったく運命のいたずらだった…。

 

石に刻まれた尊敬の念

 オシェプコフをしのぶ夕べは、モスクワ都心に近い、その終焉の地、ブトゥイルスカヤ刑務所で行われた。その建物は、通りの側からは見ることができないが、18世紀末以来、ほとんど同じ姿で残っている。ここには有名な囚人が少なからずおり、18世紀後半のエカテリーナ2世時代にコサックと農民の大反乱を率いたエメリヤン・プガチョフが筆頭だ。彼を記念して、4つある塔の一つにその名が冠せられている。ほかにも、人気アイドル、作家から億万長者にいたるまで多士済々だ。

 オシェプコフがブトゥイルスカヤ刑務所に収監されたのは、スターリンによる大量粛清時代の1937年10月のことで、その偽りの罪状は、日本のためのスパイ行為。しかし、一度も尋問されることなく、収監の一週間後に心臓病で死亡した。20年後の1957年、このロシア最初の柔道家は、完全な名誉回復を果たした。

 12月15日のブトゥイルスカヤ刑務所での出来事は、この人物の事実上二度目の、倫理的な名誉回復であるといえる。なぜなら、この「夕べ」の発案者は、同刑務所の職員たちだったからだ。その主な来賓は法務省特別局の代表者で、彼らは、かつての囚人の経歴について、歴史家からその詳細を知り、敬意を表すために訪れたのだった。夕べの終わりに彼らは一致して、モスクワにもオシェプコフの記念碑を建立すべきだと提案した。

 今年9月、ウラジオストクでの露日首脳会談の後まもなく、1914年にオシェプコフがロシア最初の柔道場を開いた建物の前に、この出来事を記念したモニュメントが建立された。これはウラジオではもう二つ目のオシェプコフの記念碑となった。最初の記念碑は、2012年9月に、現代世界最高の柔道家、山下泰裕氏が出席した。山下氏はプーチン大統領の親友として知られている。

 12月13日、首脳会談前に放映されたインタビューで、日本のジャーナリストたちは、クレムリンでのその対話を、まず山下氏からのビデオ・メッセージを見せることから始めたが、これは偶然ではなかった。 

 

等身大の銅像

 読売新聞と日本テレビによる、このインタビューのなかで、柔道にはかなり注意が向けられた。日本人で一番尊敬しているのは誰か、誰から影響を受けたかとの質問に対し、プーチン大統領は「もちろん嘉納治五郎だ」と答えた。

 また日本の記者たちは、プーチン大統領が嘉納の肖像画か胸像を持っているか知りたがった。たぶん記者たちは驚いたと思うが、「嘉納治五郎の肖像画は数点あるし、とても美しい胸像もある」と大統領は答えた。そして、それがクレムリンではなく、邸宅にあるため見せられないのを残念がった。

 柔道の創始者の像について話しながら大統領は、嘉納治五郎自身も胸像も、さらにその作者をも称賛した。「非常に優れた、良質の作品だ。ロシアの彫刻家によるもので、意志的な性格だけでなく、思慮深い善良な人柄が表現されている」

 しかし、プーチン大統領の説明には不正確な点があった。大統領の自邸にあるのは、嘉納治五郎の胸像ではなく、等身大の全身像だ。その作者は、おそらく現代ロシア最高の彫刻家で、ロシア芸術学アカデミー会員、ロシア人民芸術家の称号を持つアレクサンドル・ルカヴィシニコフ(66歳)。モスクワを訪れた日本人は、どこかで彼の作品を目にしているはずだ。ツヴェトノイ・ブリヴァールのサーカス前にある、名喜劇俳優ユーリー・ニクーリン、赤の広場の近くにある作家フョードル・ドストエフスキー、やはり都心に近い、世界的チェロ奏者ムスチスラフ・ロストロポーヴィチなど、多数の像がある。

彫刻家のアレクサンドル・ルカヴィシニコフさん彫刻家のアレクサンドル・ルカヴィシニコフさん

 

「空飛ぶ象」 

 ルカヴィシニコフの事務所には、嘉納治五郎像の正確なコピーがある。これは彼にとってとても大切なものだ。というのは、彼は単に武道を愛しているだけでなく、青年時代に本格的に取り組んでいたからだ。「この嘉納像は注文仕事ではなく、心からの仕事だ」とルカヴィシニコフは語る。「私はずいぶん前から、現代武道の始祖の一人の像を作りたかった。私は嘉納の人柄を限りなく尊敬している。たまたま私の知人がこの像を見て、プーチンに贈ってはと提案したので、賛成した。大統領が嘉納に同じような気持ちを抱いていることを知っていたから」

 ルカヴィシニコフは、ソ連の空手草創期における重量級チャンピオンで、若いころは、「空飛ぶ象」の異名をとった。その目にもとまらぬ動きの速さと、強烈な打撃からだ。今では、「年金生活を送る空飛ぶ象」だと自称しているが、武道には変わらぬ親愛の情を抱いている。

 毎年クレムリンでは、空手、合気道その他の日本の武道におけるロシアの達人に対し、ロシア武道連盟の栄えある賞、小さな像「黄金の帯」を贈っているが、これもルカヴィシニコフの作だ。

 連盟の幹部は、セルゲイ・キリエンコ大統領府第一副長官(54)、ユーリー・トルトネフ副首相兼極東連邦管区大統領全権代表(60)で、合気道と空手の達人だ。彼らは、プーチン大統領同様に、ロシア初の武道の名人、ワシリー・オシェプコフの「孫弟子」だといえる。オシェプコフは、プーチン大統領にとって「日本人№1」の嘉納治五郎の直弟子だった。だから、未だにモスクワにオシェプコフの記念碑がないのは変でさえある。もしかすると、それが「空飛ぶ象」 、アレクサンドル・ルカヴィシニコフの次の作品になるのではあるまいか?

もっと読む:プーチン大統領が長門市の印象語る>>>

このウェブサイトはクッキーを使用している。詳細は こちらを クリックしてください。

クッキーを受け入れる