ロシアで建造された最初のレーニン像の一つであり、もっとも変わったものの一つ。台座が機関車のコネクティング・ロッド、翼、ウォームギアなどを溶接して作られており、それが廃車された車輌の車輪4つの上に乗せられている。銅像は1925年に鉄道の職員によって作られたもので、革命の指導者の銅像がまだ建てられていない村や町で開かれる大規模な共産党の集会で使われることになっていた(この銅像は台座の上で360度回転するようにできていた)。しかし、結局は一度も移動することはなく、同じ場所に立ち、誰でも見ることができるようになっている。
このレーニン像は、1919年4月12日に最初のスボートニク(奉仕勤労日)が行われた場所、モスクワ・カザン間をつなぐ鉄道のモスクワ・ソルチロヴォチナヤ車両基地に立っている。しかし、この銅像で注目に値するのは、巨大な手(左手に持っている帽子も巨大)。右手はなんども盗難されそうになったことから、なんども作り直されているのが分かる。
レーニン像のほとんどは、レーニンだけが象られたもので、誰かと一緒に作られているものはほとんどない。また微笑んでいるものはなく、誰かに担がれているものなど他にない。この銅像はモスクワの第1カラチャロフスカヤ通りの木工所の近くにあり、労働者たちのグループに持ち運ばれている。レーニンは人々に向かって、両手をあげて微笑んでいる。
グルジンスキー・ヴァル通りにあるアパートの敷地内にとても低いレーニン像がある。とても低い台座に乗せられた胸像で、実物大の頭を少し大きくしたくらいの大きさしかない。モスクワ中心部にあるベラルーシ鉄道駅から2分のところにある。
トレチャコフ美術館(芸術家会館)の建物の後ろ、クルィムスキー・ヴァル通り10番に「ムゼオン」と呼ばれる公園がある。この公園は1990年代に銅像の墓場となった。ここには、ソ連邦崩壊後の1990年代初頭に撤去されたソ連の様々な政治家たちの銅像や記念碑が葬られている。そんなわけでここにはいくつものレーニン像をまとめて見ることができる。ソ連の思想的記念碑が何だったのかを考えると皮肉なことである。
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