驚異のアブラムツェヴォ:ロシアの芸術家、作家、パトロンが愛した屋敷に関する6つの事実

「風呂小屋」

「風呂小屋」

Vadim Razumov撮影
 20世紀のロシア文化がアブラムツェヴォ抜きでは語れないのはなぜか――貴族屋敷写真家のヴァディム・ラズモフがその理由を紐解く。現地の美しい風景を捉えた驚異の写真をご覧頂こう。

 ロシアの多くの貴族屋敷がロシア文化と密接に結び付いている。それぞれの時代の著名な活動家、詩人、音楽家、芸術家がそこで暮らした。だがロシアには、それ抜きではロシア文化を語れないような場所がある。その一つが、ロシア郊外のアブラムツェヴォだ。何がユニークなのか。なぜ世界的に有名な文化人らがこの場所と結び付いているのか。この屋敷の歴史に関する興味深い事実をいくつかお話ししよう。

1.アブラムツェヴォでは信じ難いほど美しいロシアの景色に出会える

 なぜ革命前ロシアの芸術家や詩人らの精力的な創作活動がこの屋敷に集中していたのか、いくらでも考察することはできるだろう。だが私にはすべて明らかだ。この地の驚くべき美しさが、この屋敷の歴史を織り成している。この上ない絶景が著名な屋敷所有者らを引き寄せ、この広い空間でインスピレーションを得ようと創作家らが集まった。

 アブラムツェヴォは、モスクワ近郊の美しい風景の上に成り立つ貴族屋敷公園の好例であり、それだけでも一見の価値がある場所だ。

2.ロシア史上最も傑出したパトロンの一人がアブラムツェヴォの所有者だった

 アブラムツェヴォの歴史は、「パトロン活動」の歴史だ。この地の隆盛とその人気、「アブラムツェヴォ派」(これについては以下で述べる)の活動を支えたのが、サヴァ・イワノーヴィチ・マモントフだ。

本館(左上: 1900年代、左上:現代)、右:サーヴァ・マモントフ。

 この驚くべき人物は、企画の才と底無しの鷹揚さとを兼ね備えていた。当時最も裕福な企業家であった彼は、ロシアで最も鷹揚なパトロンの一人としてこの国の歴史に永遠にその名を刻むこととなった。彼の庇護と金銭面での援助があったからこそ、歌手のフョードル・シャリアピン、画家のビクトル・ヴァスネツォフ、ワレンチン・セローフといった伝説的な人物がここで自身の才能を発揮できたのだ。サヴァ・マモントフはモスクワ私設ロシアオペラを創立し、出版事業を援助し、ホテル「メトロポール」とモスクワのヤロスラヴリ駅の建設を発起し、教育慈善事業のスポンサーとなり、最も恵まれていない社会階層の人々の救済に定期的に資産を割いた。こうしたことすべてを、彼は大いなる熱意と澄んだ心を以て実行した。

3.この屋敷で著名な作家らが創作活動を行った

セルゲイ・アクサコフの肖像画。画家:イワン・クラムスコイ、1878

 サヴァ・マモントフ以前、この屋敷はロシア人作家のセルゲイ・ティモフェエヴィチ・アクサーコフが所有していた。この文学者は屋敷を無尽蔵なインスピレーションの源と見なしていた。また、アクサーコフはロシアの多くの詩人や作家と親しかった。彼が所有者だった時代に、ニコライ・ゴーゴリやイワン・ツルゲーネフ、フョードル・チュッチェフがこの屋敷を訪れた。

4.アブラムツェヴォがあったからこそ世界は多くの偉大な芸術家を知った

 サヴァ・マモントフは芸術家集団「アブラムツェヴォ派」の創設に関わった。レーピン、ヴァスネツォフ、セローフなどの画家の世界的に有名な絵画の多くが、まさにこの場所で生まれた。

画家のイリヤ・レーピン、ヴァシーリー・スリコフ、コンスタンチン・コロヴィン、ヴァレンチン・セロフ、マルク・アントコリスキー。アブラムツェヴォにて。モスクワ歴史・再建博物館からの写真複写。

 特筆すべきは、こうした芸術家らの創作活動の潮流の一つが、この屋敷の風景を描くことだった。ポレーノフ作『舟の上。アブラムツェヴォ』、ヴァスネツォフ作『アブラムツェヴォの並木道』、レーピン作『アブラムツェヴォ』、同じくレーピン作、芸術愛好家なら知らない人はいない『夏の景色』といった絵画にアブラムツェヴォを見ることができる。

ヴァシーリー・ポレーノフ作『舟の上。アブラムツェヴォ』 、1880
ミハイル・ネステロフ作『若きヴァルフォロメイの聖なる光景』、1889—1890
イリヤ・レーピン作『アブラムツェヴォ』、1880
ヴァレンティン・セローフ作『桃を持った少女』、1887年

5.アブラムツェヴォは独自性溢れる形式で「希釈」された控えめな建築の好例である

 アブラムツェヴォ屋敷は、建築愛好家にとっても面白い場所だ。ここでは典型的な建築物と風変わりな建築物が同居している。メインの屋敷が「快適な」木材で作られ、その洗練された素朴さで見る者を楽しませる一方、「鶏脚の農民小屋」、「風呂小屋」、「工房」は訪問者を驚かせ、ロシアのおとぎ話の神秘的な世界へと引きずり込む。

「鶏脚の農民小屋」。この小屋のデザインはスラヴの民話に基づき、1883年に芸術家ヴァシリー・ヴァスネツォフのプロジェクトを踏まえて建設された。(1900年代と現代)

 そしてもちろん、アブラムツェヴォの建築の珠玉は、建築家のパーヴェル・サマーリンが画家のビクトル・ヴァスネツォフとワシーリー・ポレーノフの案を基に建設した自印聖像教会だ。純白でおもちゃのように小さいこの教会は、古代ルーシの寺院に倣いつつ奇抜なモダニズムの要素を取り込んでおり、建築に全く無関心の人の心も喜ばせることだろう。

自印聖像教会

6. 1917年の革命後最初期の「屋敷博物館」がアブラムツェヴォに誕生した

本館の内装。

 1917年にロシア革命が勃発すると、かつての貴族屋敷の大半が放棄され、略奪され、破壊された。アブラムツェヴォはこのような不幸を免れた。1917年に国有化こそされたが、博物館として使われ、サヴァ・マモントフの娘であるアレクサンドラが最初の館長となった。歴史芸術文学保護区博物館「アブラムツェヴォ」は、今なお最も興味深い博物館であり続けており、何千人もの観光客を受け入れている。最近100周年を迎えた。

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