北極圏で楽しむダイビング

 凍った白海でスキューバ・ダイビングをするなんて、自殺行為にしか思えない。ところが、カレリア共和国のニリモグバ村では、地元のアザラシになつかれるほど、ネオプレン製のスーツを着用した2本足の生き物が盛んにもぐっている。

 ニリモグバ村(フィンランド国境から東160キロ)から地理的な北極圏までは、船でわずか2分進むだけ。北極圏内でもぐるなら3分。

 この村には15世帯しか暮らしていない。店も娯楽施設もない。冬は早い時間に暗くなり、気温はマイナス40度までさがる。夏は白夜でまともに眠れない。

 こんな辺境の村だが、よく知られていて、毎年人が集まってくる。雑記帳「北極圏」には、英語、フランス語、ドイツ語、ポーランド語、時に漢字で、感想が記されており、絶賛する言葉が並ぶ。

エフゲニー・プトゥシュカ撮影

深い白海

 繁忙期が始まるのは、白海が固い氷で覆われる冬。極限スポーツ好きの間で氷下ダイビングは大人気であるため、インストラクターの仕事は急増する。白海の水温は夏でも鳥肌が立つほどなのに、極限スポーツ好きは冬のダイビングに抵抗を感じていない。水中に生き物はいるのだろうか。ダイビングしている時に、何を見ればいいのだろうか。

 地元の「北極圏」センターのダイビング・インストラクター、ミハイル・フロボストフさんは、事情通だ。フロボストフさんは最近のダイビングでムール貝を見つけ、それで大きなオオカミウオを岩の中からおびき寄せた。最初にライトでムール貝を、次に空っぽの手を、次に砂を照らし、それを何回かくりかえした。するとオオカミウオは岩の間から出てきて、フロボストフさんの手から直接食べ始めた。強力なあごと大きな歯を持つオオカミウオに手でエサを与えることは、陸上で野生のオオカミにエサを与えるようなものだ。

エフゲニー・プトゥシュカ撮影

 未経験者がいきなり白海に来て、20メートルも潜水することなど、到底無理な話だ。最初に適切な授業を受ける必要がある。

 

ネオプレン圧

 「まずはダウンを着て」と、フロボストフさんは私にスキーウェアのような軽くて暖かいジャンプスーツを手渡した。これはドライスーツという下着。白海では夏でもドライスーツが必要だ。完全に潜水した状態でも、ドライスーツに水は浸入しない。ダイバーは大きなカイロに包まれているような状態になり、外の温度の影響を受けなくなる。

 フロボストフさんはさらに、ブーツつきの重いネオプレン製のスーツを手渡した。曲がらない、着難そうなスーツで、肩にジッパーがついている。これをドライスーツの上に着なければならない。

ソーニャ・リャシケーヴィチ撮影

 「潜水指導員協会(PADI)」の用意する特別な授業「ドライ・スーツ」を、ダイビングの前に受けなければならないのはこのためだ。「北極圏」は白海で唯一のPADI加盟ダイビング・センター。スーツからチューブまでのすべての装備品を、センターでレンタルすることができる。

 

いざ水中へ

 岩場でくつろいでいるアザラシを驚かせつつ、船でクレストヴイ島まで勢いよく進む。心の中で天に祈りながら、水の中へ飛び込む。驚くような感覚には、慣れる必要がある。体はまるでカプセルの中にあるようだ。外側は濡れているのに、中は乾燥していて、海岸と同じぐらい暑いと思った。湿ったのは手袋だけだが、防寒には変わらない。あとはマスクに覆われていない頬。顔を水につけると、最初の数秒間は、まるで何本もの鋭いピンに刺されたような感覚があるが、数分で予期せぬ軽さが訪れる。肌は慣れ、氷水の刺すような痛みに反応しなくなる。

 目は「泳ぐ」。海草は上へとゆらいで幻想的な庭園をつくり、岩の間ではカニや小さな魚が動き回り、パープル、バーガンディ、オレンジの大きなヒトデが海底を優雅に這う。まるでアニメのようだ。岩場にはムール貝がぶらさがっている。太陽の光を浴びながら、ピンクとブルーのクラゲがゆらゆらと舞う。

アントン・アガルコフ撮影

 海の奥を覗くと、クリオネなどの小さな海の生き物がいる。クリオネは目立たない捕食の軟体動物で、文字通り、豊かな内面を持つ。外から見ると体は長く透明で、小さな翼を持っており、内部には太陽光が当たると明るいオレンジ色に輝く芯がある。

 岸辺に戻る時、フロボストフさんはこう話した。「1992年に最終的にここに引っ越してきて、スキューバ・ダイビングのインストラクターになった。妻のマリヤは『ウトリシュ・イルカ水族館』(サンクトペテルブルクとロシア南部にある)から来たシロイルカのコーチになった。私たちは夢の仕事を探していたわけではない。夢の仕事が私たちのもとに訪れたんだ」

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