青銅の鼻をなでて幸運つかむ

 サンクトペテルブルクの住民および訪問者は、自分の願いがかなうのを当てにして、市内のいくつかの彫刻を、アラジンのランプさながらに擦る。そういう魔法の彫刻がどこにあるか、ご紹介しよう。

 筆者は、地下鉄駅「クプチノ」の近くに住んでいるが、その脇には、勇敢なる兵士シュヴェイクの銅像がある。ここバルカン広場は、『兵士シュヴェイクの冒険』を書いたチェコのユーモア作家ヤロスラフ・ハシェクの名を冠した通りと接している。ハシェクの創造したキャラクターが参加した第一次世界大戦は、まさしく「バルカンの火薬庫」で火を噴いた。勇敢だが飲兵衛のシュヴェイクは、ロシアと戦うものの、しまいに、はちゃめちゃな破局にいたる。しかしその彼が、今日では、サンクトペテルブルクの市民を助けてくれている。

 朝、人の群れが職場に急ぎつつも、そのうちほぼ10人に1人が、兵士の鼻を手で撫でていく――そうすれば、ひょっとしてラッキーな日になるかもしれないからだ。筆者が10分ほど彫刻を観察していたところ、10人以上は鼻に触れた。

 そうこうするうちに、また年配の女性が、重い袋をぶら下げて、ため息をつきつつ、むっつり顔で、袋を地面に置き、チェコ人の鼻を撫でている。さらに、彫刻をぐるりと回って、この狡猾なチェコ兵が背中に隠していたビールのジョッキに、何かを入れた。

「これは何かの儀式ですか」。筆者は女性に近寄ってこう聞いた。

 「何も特別なことはありませんよ」と彼女は当惑顔だ。「幸運にありつけて、お金が入るというんでね。いつもジョッキに小銭を入れてるんです」

 

手軽な魔法のランプ

 ロシア人は、幸運を当てにして、彫刻の鼻を撫でたり、手を握ったり、耳を引っぱったり、肩を叩いたり、膝の上に座ったりする。青銅の彫刻が妙な場所で摩滅して、ぴかぴか光っているのはそのためだ。

 これらの言葉なき彫像が奇跡をもたらし得ると大まじめに信じ込んでいるケースもよくあるのだ。

 詩聖アレクサンドル・プーシキンとか、ソ連の指導者ウラジーミル・レーニンとか、ペテルブルクを築いたピョートル1世とか、超大物の彫像となると、容易に近寄りがたい台座の上に、おまけに護衛つきで、鎮座ましましているが、市内の色んな分野の彫刻なら、ちょっと幸運を授けてください~と気軽にお願いできるし、抱きついて写真を撮ることだってできる。

 こういう流行を軌道の乗せ、大いに広めるのが、わんさかいる観光ガイドたちだ。正式の資格を持つ者だけでもざっと5千人。半許可のような人になると数知れず。彼らは皆、観光客に、「願い事がかなうようにこすりましょう~」とすすめるのだ。観光客は鵜呑みにして、せっせとこする。ひょっとして夢が実現するかも、というわけで。

 

いかに彫刻と乾杯するか

オスタップ・ベンデルの銅像=グリゴリー・クバチヤン撮影

 二人組みのソ連作家、イリフとペトロフの『十二の椅子』とその続編『黄金の子牛』のヒーローといえば、若くて元気いっぱいの詐欺師、オスタップ・ベンデルだが、イタリア通りにあるその彫像は、兵士シュヴェイクに負けず劣らずついている。彼のつんとした鼻は、そのてかり方からして、やはり魔力をもつと思われているようだ。しかも鼻だけではなく、彼がもたれている、客間の椅子セットのうちの一脚も、マフラーも、書類入れも、左足のかかとも、ぜんぶピカピカに光っている。こういう風に擦り切れて光り輝いているのは、このキャラクターと一緒にセルフィーしようとまとわり付いた市民たちのせいだ。なにしろ、この詐欺師は、比較的“正直な”やり方で、他人から金を巻き上げる方法を400も知っているというのだから。

 このオスタップ像から徒歩15分ほどの、マーラヤ・サドーヴァヤ通りには、写真家カルル・ブルラの銅像が立っている。彼もまた聖なる鼻の持ち主で、尊崇されていることは言うまでもない。写真家の足元には小銭が散乱している。これもまた、「おかげをこうむろう」と、人々が置いていったものだ。およそ宗教的なものと結びついた場所ではどこでもそうであるように。

写真家カルル・ブルラの銅像=グリゴリー・クバチヤン撮影

 同じ通りの二階の高さのところには、雄雌二匹の猫の小さな彫像が、別々の場所に取り付けられている。一匹は、一匹はエリセイ君、もう一匹はワシリーサ嬢だ。コインを投げて当たれば、成功、幸運、富を得られるという。

 だがこの手の、人々がコインを投げる彫刻のうち一番人気があるのは、フォンタンカ河岸通りの小鳥だろう。これは、ざれ歌「チジク・プイジク」に出てくる鳥で、ミハイロフスキー城(技師城、パーヴェル1世の居城で暗殺の舞台となった)の隣にある。旅行者は誰もが、この鳥にコインを投げて当てようとする。それというのも、命中させれば、鳥が願いをかなえてくれるとされているからだ。

 この鳥は何度か盗まれたことさえあった――鳥が、誰か他の人間の願いではなく、自分個人のそれをかなえるように、と。

 「僕は15年続けて毎年ペテルブルクを訪れていますが、その度にここにやって来るんです」。こう言うのは、眼鏡をかけた黒髪の青年だ。彼は財布にあるだけのコインを片端からフォンタンカに向かって放り投げ、そのうち1枚は、うまく鳥の台座に乗った。ということは、来年までは人生を楽しめるということだ。

「チジク・プイジク」=ヴァディム・ゼルノフ撮影/ロシア通信

 このブロンズの鳥のところまでよじ登るとなると大変だが、それでも何人かの市民は、知恵を絞り、うまくやってのけた。

 ある新郎新婦は、ウォッカを注いだグラスに縄を結びつけ、そいつをそろそろと下に降ろして、うまく鳥のくちばしに当てて、“乾杯”した。なにしろ、「チジク・プイジク」の歌では、「チジク・プイジク、お前はいったいどこにいた?フォンタンカでウォッカを一杯やってたのさ」というのが、決めの文句になっているのだから。

 願い事の実現というのは、昔から観光ガイドや商売人が稼いできたアトラクションみたいなものだ。と知りつつも、成功が足りない庶民としてはほかにどうしようがあろうか。ブロンズの鼻を撫でるしかないではないか。