バリアフリーの展覧会

展覧会「同じ思想の仲間たち」(9月9日まで開催)=写真提供:美術館「ガレージ」
 身体の不自由な人たちの来館に対応している美術館や博物館はモスクワにはそれほど多くない。障害を持つ人たちを排除したり、隔離、分離することなく、当然のように社会に含めていくというインクルージョン。どの美術館や博物館が、それを言葉だけでなく真に実践しているのか。ロシアNOWが取材した。

 美術館の壁には、有名な彫刻家アントニー・ゴームリーによるブロンズの男性裸像が重力に抵抗しながら、来館者に向かって正面を向き、45度前傾した形で立っている。近くには美術館ではあまり見かけない小さなテーブルが置いてあり、そこにその作品の数十分の1の大きさの石膏の模型が置かれていて、手で触れることができるようになっている。また案内音声用ヘッドフォンと作品について点字で書かれた紙が置いてある。

 これは現代美術館「ガレージ」で開幕した展覧会「同じ思想の仲間たち」(9月9日まで開催)の一風景で、インクルージョンという概念をインフラとしてではなく、芸術の過程の一部として捉える初めての試みとなっている。

 今回の展示には、異なる形態の障害を持つ4人の美術館利用者が共同キュレーターとして参加した。移動に車椅子を必要とするエヴゲーニー・リャピンさん、アスペルガー症候群のエリザヴェータ・モロゾワさん、幼いころから耳が聞こえないポリーナ・シネワさん、そして13歳のときに視力を失ったエレーナ・フェドセーエワさんだ。4人は自分たちの感覚、そして来館者としての経験を活かしながら、美術館の職員とともに展示作品を選び、展示の組み立てや内容の考案に加わった。

写真提供:美術館「ガレージ」写真提供:美術館「ガレージ」

芸術の力で

 エヴゲーニー・リャピンさんは「わたしは感情的に多様に解釈できる作品を選びました。芸術というものはさまざまな意見が衝突すればするものほど良いのです。快適な空間から抜け出ることで必ず発展がもたらされます」と話す。リャピンさんは芸術の本質そのものがインクルージョンの現れと見なしてよいと考えている。「芸術は社会を自由にしつつ、ステレオタイプやタブーを壊します。それは精神のインクルージョンなのです。それはある意味で現代芸術と障害との共通点といえるものかもしれません。人は何かを初めて目にしたとき、自分が理解できないものはなんでも恐ろしいと感じるからです」

 美術館の展示室は異なる障害を持つ人たちに適応できるよう作られている。すべての展示品には、手で触れることのできる資料や音声による解説、またキュレーターや「同じ思想の仲間たち」のコメントが入った手話通訳ビデオなどから成るインタラクティヴ・モジュールが付いている。

 エレーナ・フェドセーエワさんは「展示の枠内で、芸術を知覚するためのさまざまな方法を統合したモジュールを設置するというこのアイデアはまったく新しい試みです。このアイデアが成功するということはまもなく明らかになるでしょう」と指摘する。

 

未だシステム化されない受け入れ体制

 「ガレージ」ではロシアで初めてとなるインクルージョン・プログラムがすでにおよそ1年にわたって実施されている。プログラムのコーディネーターを務めるマリヤ・サルィチェワさんは「わたしたちの活動は美術館への来場を物理的に保証することだけではなく、障害を理解するための作業を行い、他の美術館と協力を行うことでもあります」と話す。サルィチェワさんによれば、ニューヨークのメトロポリタン美術館やロンドンのテート・ギャラリーと協力を行っていく方向だという。

 しかし実際には、モスクワの多くのミュージアムでは、物理的な受け入れという形ですらインクルージョンは実現されていない。これについてモスクワ市文化局の報道部は「これは記念碑的建造物である美術館や博物館の建物の建築上の特徴によるもの」と説明する。「そうした建物には、たとえば壁すべてに支えのための手すりを取り付けたり、車椅子利用者のためにエレベーターを設置するというのは技術的に不可能なのです」

写真提供:美術館「ガレージ」写真提供:美術館「ガレージ」

 「モスクワのミュージアムのインクルージョンについて口にするのはまだまだ時期尚早」と考えるのは国家リハビリ発展基金のカミリャ・タベエワさん。「インタラクティヴ・プログラムはまだまだ珍しいもので、それぞれの美術館や博物館を訪問できるかについては、その施設と個別に直接交渉しなければならないのが現状です」

エレーナ・フェドセーエワさんも、美術館、博物館への障害者の受け入れについて、モスクワの美術館や博物館ではまだインクルージョンがシステム化されていない点を指摘し、こう述べる。「一般的に、現行のプログラムは空間全体で適用されているものではなく、部分的に実施されているか特別措置という形に限定されています」

 

インクルージョンの実施例

 とはいえ、成功例もある。たとえばロシアで初めて、博物館の空間全体を、あらゆるカテゴリーの来館者を受け入れられるようにしたダーウィン博物館。博物館にはスロープが設置され、展示物には点字による説明文が付けられているほか、事前に電話をかけなくても、特別プログラムや障害者用の鑑賞経路がいつでも利用可能となっている。

 ほかにも身体の不自由な人に好意的な場所がある。それはモスクワ・プラネタリウムだ。インタラクティヴ・モジュールが装備され、足の不自由な来館者にもやさしい作りとなっている。さらに、歴史景観保護地区ツァリーツィノの博物館も目が不自由な来館者のための設備が整っている。館内図には展示スペースを誰の助けもなく移動できるよう特別な案内が添付されているほか、触覚で鑑賞できる展示物のコレクションがある部屋は誰でも自由に出入りできるようになっている。また視覚障害を持つ博物館職員アレクサンドル・ノヴィコフさん自ら参加して考案されたプログラムも実施されている。

 トレチャコフ美術館は、耳が聞こえない、あるいは聞こえにくい来館者のために手話によるビデオガイドを、また四肢障害を持つ人のためにはエレベーターに入るサイズの特別な車椅子を用意している。またアヴァギャルド・コレクションが収蔵されているクルィムスキー・ヴァルの新館では、プロジェクト「点字による彫刻のことば」の枠内で定期的に展覧会が開かれている。展覧会のために特別に作られた作品の数々は「手で見る」ことができ、点字のキャプションやオーディオガイドも用意されている。

 マリヤ・サルィチェワさんは、全体としてミュージアムは社会とともに変化しているとの考えを示し、美術館や博物館ではもうすでに、かつては「見えざる」存在だった来館者を受け入れる準備が整っていると話す。「インクルージョンというのは障害の形態で人を区別しないこと。2人の人間が単に車椅子で一緒に移動したからといって友達にはなれません。人と人を結びつけるのは共通の趣味であり、文化的経験であり、好みです。美術館や博物館は、その人の健康状態にかかわらず、芸術を愛するすべての人々の接点なのです」