障がい者が開発した車イス

2016年8月4日 マリーナ・レピナ
 アレクセイ・ナロギンさんは、手術の失敗で動くことができなくなった。最近、障がい者の生活を楽にする、軽くて丈夫な車イスを考案した。
Alex Nalogin
アレクセイ・ナロギンさん=  報道写真

 マウンテンバイクの素材には、スチールより丈夫で軽いカーボンがある。市場にはカーボン製の車イスもある。とても軽いため、障がい者はまわりの人の助けを借りることなく、自分で車に出し入れできる。だが価格は4000~1万2000ドル(約40~120万円)と高額だ。ロシアの発明家ナロギンさんは、価格が2500ドル(約25万円)以下、重量5.4キロのモデルをつくることができた。

 ナロギンさんはこう話す。「最初は自分用に開発した。極限スポーツ用じゃないから、オフロードで突っ走ったりはできない。劇場、映画館、レストランといった『休日の車イス』。ワンピースや背広なんかを着て乗ると映える。例えば、僕にもこのような車イス用のタキシードがある」

 ナロギンさんは自分でデザインを考え、黒赤、黒青、黒の車イスを製作した。背中の部分はカシミヤ張りになっている。「ビニール張りはあえて避けた。安っぽくない、ぜいたくさがありながら、お手頃価格というのを目指した」

 ナロギンさんには50件以上の開発品があり、会社「新リハビリテーション技術『ドスペヒ』」を創業した。開発品の一つは、整形外科的システム(外骨格)。脊椎の手術の失敗から9年後にベッドから起き上がることを助けたのが、このシステムである。ここ数年はタイに暮らしながら、開発を続けている。

 

「診断ミスで、再発はなかった」

 1990年、13歳だった時、ナロギンさんは背中に痛みを感じた。脊椎の肉腫であった。「診断したその場で手術ということになった。その後、化学療法を受けた」。しばらくして、再発したと、医師から告げられた。2度目の手術を受けた後、動けなくなった。これは医師の診断ミスで、再発ではなかった。

 ナロギンさんは19歳になってから、自分で積極的に勉強するようになった。「プログラミング、ウェブデザインから始め、ネットの広告も行った。この方向性で大きく前進した」とナロギンさん。ナロギンさんは英語を学び、現在は流暢になり、またタイ語も少しできる。

 ある時、ネットでロシア小児臨床病院のウェブサイトを閲覧した。「乏しい内容だったから、手伝いたいと思った」。サイトをリニューアルしてからわずか2週間で、2人の児童の骨髄移植の資金を集めることができた。

 このサイトはその後、財団「命を贈って」に成長した。2001年にはアメリカの「フォード」財団によって、ナロギンさんの児童向けの慈善プロジェクトが、世界で最も有効なプロジェクトの一つに認められた。

 

タイ在住のロシア人発明家

 ナロギンさんは整形外科的システム(外骨格)の特許を2004年に取得した。「当時は1人でやっていたが、今ではロシアで多くの企業が携わっている」

 すでに数百人のロシア人が、このシステムを使っている。「秋に向けて、新しい機器を立ち上げる予定。新しい技術。例えば、システムの生産工程と外観を仕上げるとか」とナロギンさん。

 ロシアで自分のプロジェクトに取り組んでいたら、ここまで成功できていなかったと考えている。「北京からタイに荷物が届く時間は22時間。アメリカからだと1週間。ロシアでは30日で荷物が届けば喜ばれる。試作品をつくっているから、発注をひんぱんにしている。考案して、描いて、3D図面を中国の工場に送ると、試作品をつくってもらえる。自分で試してみることが重要。見た目がどんな感じかとか、実際に手で触ってどうかとか」

 タイには、ナロギンさんのような情熱的な人のための、特別な公共のワークショップがある。ナロギンさんは毎日通っている。

 

「そこにはカフェのように、大きなベンチと小さなテーブルがある。3Dプリンター、レーザー加工機、木彫機など、他にもなんでもそろっている。このようなワークショップを借りると、1ヶ月120ドル(約1万2000円)。時間単位の支払い方法もある。自分の工具はいらない。自分の使った場所を各自きれいにする。職員がそろってるから、何かと手伝ってもらっている。タイではこのようなワークショップが大人気。レストラン用の家具をつくる人もいれば、ドローンをつくる人もいる。手作りできる人なら、ここはかけがえのない場所になる」

 

Miloserdie.Ruの記事を抄訳

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