ガレージ・ビジネス盛衰史

ソチ=

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オリガ・ボンダレンコ撮影
 ロシアでは90年代からガレージ(車庫)が目的外使用され始めた。そこでは家具や自動車の部品が生産され、時には住居にさえなる。

 ガレージ生まれのロシア人ビジネスマン、通称「ガラージニキ(ガレージ派)」は、多くの点で、ペレストロイカ(大規模かつ複合的な政治・経済改革。ソ連崩壊の先触れをなした)の落とし子である。この現象の開花期は、90年代後半、元工場労働者が路上にあぶれた時期に当たっている。

 「90年代、自動車工場の近くのガレージでは自動車部品の製造が行われ、家具工場の傍では家具の部品や家具本体が作られ、繊維工場に隣接するガレージでは縫製工房が開かれた」。数年前から「ガレージ産業」現象を研究しているアレクサンドル・パヴロフ氏(社会調査支援基金「ハモーヴニキ」)はこう述べている。

 のち、専門範囲は拡大した。法制の変化によりガレージが集団所有から個人所有に変わったことも、それを可能ならしめた一因である。

 

 モスクワの「上海」

 ある元ガレージ住民のこんな証言がある。「ガレージには暖房も、インターネットも、ケーブルテレビもあった。上々の生活だった。このたび移住を迫られたのだが、どこへ行けばいいのか分からない。似たような場所を探します」

 かつてモスクワの南西エリア、モスクワ国立大学に程近いあたりに、「上海」と呼ばれる、きなくさい一角があった。面積50ヘクタールのガレージ「協同組合」。90年代半ばに形成され始めた。

ニコリイ・リトフキン撮影

 多くの車庫が手工業的な自動車部品工場、カフェ、商店へと作り変えられた。そこで住み、働いていたのは、主に近隣諸国からの不法移民だった。首都の内部に出現した特異な「経済特区」だ。そこでは多くのことが、書類や保証なしで行われた。近隣住民は、「夜中傍を通るのは怖かった」と吐露している。

 「上海」はこうして20​​16年初めまで存続した。今はガレージの大半が廃墟と化している。市当局がモスクワ国立大学の新キャンパス「雀が丘」 を建設する決定を下し、ガレージ村の撤去が始まったのだ。

 

「家具男爵」

 ウリヤノフスク(モスクワから東へ883km)出身のアレクサンドル・シネルキン氏は元セールスマネージャーで、現在は家具工場「フォルト(砦)」の代表を務めている。

 「ドル急騰のおかげで、我が社はヤクーチア、アムール地方、ウラジオストクでライバルの中国企業を締め出すことができた。経済危機は私どもの事業に吉と出た」。こう語るシネルキン氏の「家具王国」は、4つのガレージをぶち抜きにし、その上に新たに一階を建て増したものである。

ヴィクトリア・チェルニショワ撮影

 経済危機の前には10万ドル(約1130万円)だった同社の月次売上高は、ルーブル安で5万ドルに半減した。工場は、三交代制のもと、昼夜無休で机を作っている。シネルキン氏は従業員のためにクラシック音楽を流している。クラシックには沈静化作用があり、生産性を向上させるのだと言う。

 工場が軌道にのると、シネルキン氏はビジネスを合法化した。「私たちどもの工場を、役人や知事らも訪れ、助力をしてくれる。例えば、工作機械のリースに対する助成金ももらったし、有利な条件で融資を受けることも出来ている。当局も、当社のような企業が国庫に実益をもたらしていることを理解してくれる。ガレージを閉鎖するということにでもなったら、我々は蜂起する。我々にとってはこれが家族を養う唯一の方法なのだ」とシネルキン氏。

 

海辺の家

 「うちには子供が3人いる。全員一緒に暮らしている。息子が結婚を決め、妻を家に迎えようとしたとき、ガレージを上に建て増しすることで、住空間を拡張することを思い立った。条件は、第一に、海に近いこと。第二に、大家族がひとつ屋根の下に住めるよう、三階建てであること」。そう語るセルゲイ・セミョーノフ氏は、妻のユリアさんとともに黒海に臨む街・ソチの多層階「住宅」に移り住んで、もう7年になる。ガレージをコテージに作り変えるために、夫婦は都市部に持っていたアパート2部屋を売却した。

 家の内部は海辺のコテージそのもの。快適で明るい部屋に、良質の家具。各階とも床暖房、エアコン完備。夫妻はビジネスも展開している。1階部分、つまりかつてのガレージに、美容院をオープンしたのだ。

オリガ・ボンダレンコ撮影

「ガレージ村」の出現

 かつては並び一列みなガレージで、ソチ市民が夜中、自家用車を預けておくだけの場所だった。ある日、あるガレージ主が、そこで夜明かしする必要ができたとき便利なようにと、ガレージを上に増築することを思いつく。こうして「ガレージ村」の歴史が始まった。一区画が丸ごと、元ガレージの「住宅」なのだ。車の方が追い出され、ガレージの外に停められている。

 ガレージ住宅の最大の問題は、その法的地位である。正式には住宅とは見なされない資産であり、住民登録も不可能だ。

 クラスノダール地方(ソチ含む)では、ガレージの約54%が住宅へと姿を変えた。多くの場合、賃貸に出すための改築である。賃料は、ハイシーズンの夏なら月250ドル(約2万8000円)余り。平均3万3000ドル(約373万円)で、こんな「コテージ」を買い上げることもできる。

 当局の譲歩により、一部のガレージは下水道やガス網に接続されている。電力網と上水道には車庫たるもの、予め接続されている。