昨年CRISPRという生体ゲノム編集技術が国際的に話題となった時、デニス・レブリコフは大変な興味を持ってニュースを見守っていただろう。
中国の賀建奎という遺伝学者が、国際的な学界に諮ることなく双子の女の子のゲノムを編集したことが報じられたのだ。露露と娜娜として世界に知られる赤ん坊は、HIVへの耐性を高めることを期して胎内でCCR5遺伝子を変更された。賀の実験が公表されると、中国当局は彼の研究を取り締まり、その後巻き起こった国際的な大混乱で、CRISPRを使った人体実験はいっそう規制されることになった。
実はレブリコフも、長い間自分の実験を行うことを計画していた。
自身も遺伝学者であるレブリコフは、何年もの間ピロゴフ記念ロシア国立研究医科大学でひっそりと働いてきた。賀が手放した松明を拾い上げる意思を今年の夏に表明するまでは。「新テクノロジーが現れるのを目撃すると、それがどう機能して、自分がそれをどう改善できるか知りたくなる」とレブリコフは話す。彼の見方が賀と異なるのは、実験を公然と行うか秘密裏に行うかという点だ。ロシアの科学者は、何事も人々に公開して、さらに国家が関与して行われるべきだと考えている。
ゲノムをめぐる議論は何もロシアで新しいものではない。事実ここ2年間、その国家的重要性をめぐる民間の議論が行われてきている。
分水嶺となったのは2017年、ウラジーミル・プーチン大統領がソチで開かれた若者のフォーラムで話したことだった。このテーマに関する最初のコメントの中で、大統領は医療から軍事に至る分野でのこの技術の応用の可能性に言及し、その使用(およびあり得る誤用)は「原子爆弾と同じくらい恐ろしい」と語ったのだ。彼は話の節々で、これが「全世界の未来を決する」技術だと主張した。
ロシアは遺伝学的研究に対して重点的な投資を行ってきた。2017年には、公的な研究プログラムの確立に20億ドルが割かれたと報じられている。今年4月には追加で33億ドル投資された。成果が出ればそれは大きなものだろう。国民の健康が向上するだけではない。どのテクノロジーもそうであるように、革新は地政学的な優位性をもたらす。生物兵器防衛といった言葉がロシア社会の上層で普及し、ミハイル・コヴァリチューク(今年のチェルノブイリのドラマで有名になったクルチャトフ研究所の所長)は、遺伝学においてロシアが世界をリードすることを求めている。
このような環境は、HIV伝達に影響する遺伝子の操作を続ける意思を6月に公表したレブリコフのような人々にとって励みとなっている。だが、このような研究に進んで参加する親を見つけるのは難しい。そこでレブリコフは方針を変え、子供の難聴に結び付く遺伝子を対象とすることに決めた。彼は、実験に適格な夫婦を5組見つけた。うち一組は、どのようなリスクや利益があるか、すでに科学者と話し合った。この夫婦は、理論上だけでも実験に参加するか否かまだ決めかねている。
レブリコフは、国際的なセンセーションとなるまでに賀建奎ほど行き過ぎてはいなかった。これは意図的なものだ。彼は、自分の研究室に何ら秘密はないことを学界に示したかったのである。彼は核兵器との比較を冷静に受け止めている。「状況は原子爆弾の開発に完全に類似している。悪い人間が悪い目的でテクノロジーを使い得るだろうか。もちろん使い得る。だが倫理的問題でソ連は核兵器の使用を思いとどまったのではなかったか」と彼は言う。
国際的な反応は賀の時ほど加熱していないが、レブリコフが将来的にこのテクノロジーを実践することを思いとどまるよう国際社会の圧力を求める記事が、『ネイチャー』や『サイエンス』などの大手雑誌に掲載されている。彼を「ならず者」と呼ぶ人々までいる。
だが、中国や米国の政策とは対照的に、ロシアの反応は用心しつつも楽観的といったところだ。世界各国の当局が胚に対するゲノム編集の実施を効果的に一時停止している中(この方針がすぐに変わる可能性は低い)、ロシアでは主導的な専門家らを含む公式委員会が7月に開かれ、この問題を議論した。前出のコヴァリチュークから傑出した内分泌科医のマリア・ヴォロンツォーワまで、各分野の代表が招かれた。
レブリコフは、ピロゴフ記念ロシア国立研究医科大学から支援を受けている。彼の同僚で元博士課程指導教官のセルゲイ・ルキャノフは、彼の意図は感嘆に値すると指摘する。「彼の考えでは宇宙の不完全さは修正可能で、彼はこのために行動を起こす人物の一人だ。彼にとっては、これは健康な子供を生むという幸せを親にもたらし得るチャンスなのだ」。
しかし、レブリコフを批判する者がいないわけではない。ロシア科学アカデミー哲学研究所の生命倫理学者パーヴェル・チシチェンコをはじめとする卓越した研究者らは、規制を強化するよう求めている。チシチェンコは、2019年10月にこの問題を議論するための倫理委員会を開いた。彼は、親が関連するリスクすべてを認識しない可能性、倫理委員会や規制委員会が十分厳格に対応しない可能性を危惧している。
チシチェンコが解決すべき重要な問題の一つとして挙げるのが、将来的に発現するかもしれない合併症の責任を誰が取るかということだ。中国の双子に施されたゲノム編集は、(特にCCR5遺伝子は記憶の形成に関わるため)HIV耐性以外の影響をもたらすかもしれないが、今日の科学者は必要な判断を下せる準備ができていないと彼は主張する。
今のところロシア保健省は、遺伝学的人体実験は「時期尚早」とする公式声明を出している。だが興味深いことに、レブリコフが提案するような実験を決定的に禁止するような具体的な規制は一切課されていない。現行のルールの下では、胚が実験目的で作られたものなのか予め捨てられたものなのか、実験は研究目的なのか臨床試験目的なのかに応じてある種の実験が可能となるグレーゾーンが存在する。
現時点では、レブリコフは自身の計画のいくつかを先送りしている。彼は、「規制者の許可なしにゲノム編集を施した胚を移植することは決してない」と公言しているが、それでも遅れに苛立ちを見せている。「私はルールが整備されることを望んでいるが、誰もこれに取り組んでいない」と彼は言う。さらに、彼が面談した夫婦はさらなる進展に興味を示していない上、世界的な関心が彼の研究に向けられていることで、将来的に何かミスがあれば国際問題になりかねない。
だが、一時的な後退は現状が続くことを保証するものではない。レブリコフを批判する人々の言説とは裏腹に、現行の規制には曖昧さがあり、将来的に大きな一歩が踏み出されるかもしれない。遺伝子工学が世界を変える可能性があることを踏まえれば、ロシアがレブリコフとそのチームに研究の発展を許し、世界の学界をリードさせる可能性もあり得る。
時が経てば分かる。
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