美と力に満ちたロシア女帝の肖像画

 エカチェリーナ2世 (1729〜1796) は、夫のピョートル3世を退位させたクーデターの後に即位した。彼女は1762年から1796年の間、女帝として統治した。元々の彼女の名前はゾフィー・フォン・アンハルト=ツェルプスト=ドルンブルクで、父親はドイツの小君主だった。/ エカチェリーナ大帝の肖像画、フョードル・ロコトフ、1763年。

 エカチェリーナ2世 (1729〜1796) は、夫のピョートル3世を退位させたクーデターの後に即位した。彼女は1762年から1796年の間、女帝として統治した。元々の彼女の名前はゾフィー・フォン・アンハルト=ツェルプスト=ドルンブルクで、父親はドイツの小君主だった。/ エカチェリーナ大帝の肖像画、フョードル・ロコトフ、1763年。

フョードル・ロコトフ
ロシアNOWがロマノフ朝の女帝、皇后の最も優れた肖像を厳選した
 ロシアNOWがロマノフ朝の女帝、皇后の最も優れた肖像を厳選した。自ら統治した女帝もいれば、皇帝の妻そして母親としての地位に満足した女性もいた。ロシア人の女帝もいれば、ヨーロッパの王朝から嫁いで来た皇后もいた。これらの女帝すべてに共通することは、多くのロシア人画家によって描かれたように、全員が権力と美貌を誇っていたということだ。ピョートル大帝の妻だったエカチェリーナ1世  (1684〜1727) は、1725年の夫の死後、ロシアで初めて2年間にわたり自ら国を統治した女帝である。/ エカチェリーナ1世の肖像、ジャン=マルク・ナティエ、1717年。
 男性用の正装の制服を着て白馬に乗る女帝エカチェリーナ。皇后を描いたものとしてはユニークで変わったものだ。/ アフリカ人の召使いを伴う女帝エカチェリーナ1世の乗馬姿の肖像、ゲオルク・グルート、18世紀半ば。
 アンナ・イヴァノヴナ (1693〜1740) は、エカチェリーナ1世の遺言により、新たな女帝となった。彼女はイヴァン5世の娘だった。/ アンナ・イヴァノヴナの肖像、画家不詳、1730年代。
 この作品にはアンナ・イヴァノヴナの寝室に集まった26人の人々が描かれている。ここに描かれている皇后は元気ではなく、ベッドに横たわりながら宮廷の道化師をの方を見つめている。/ アンナ皇后の宮廷の道化師たち、ヴァレリー・イヴァノヴィチ・ヤコビ、1872年。
 エリザヴェータ・ペトローヴナ (1709〜1726) は、宮廷内で革命を起こして王位を奪取した後の1741年から1761年まで統治した。ピョートル大帝の娘にあたる彼女は、父親がエカチェリーナ1世と正式に結婚した2年前に生まれた。/ ツァールスコエ・セロー (サンクトペテルブルクから南に24キロ離れた所にある、かつての離宮) でのエリザヴェータ・ペトローヴナ、エフゲニー・ランセレ、1905年。
 この絵は、大きなサイズ、静的な構図、皇后の社会的地位の強調、権力の特徴を緻密に表現しているところなどから、正統の誇示的な肖像画法の基準をすべて満たしている。笑顔が皇后のやさしい性格を象徴している。/ 皇后エリザヴェータ・ペトローヴナの肖像画、イヴァン・ヴィシニャコフ、1743年。
 マリア・フョードロヴナ (1759〜1828)、ロシア皇帝パーヴェル1世の2番目の妻。この夫婦には10人の子供ができた。ゾフィー・マリー・ドロテア・アウグステ・ルイーゼはプロイセン王国のシュテッティン (現在ポーランド領) で、ヴュルテンベルク公妃として生まれた。/ マリア・フョードロヴナ大公妃の肖像、ジャン=ルイ・ヴォワレー、1790年代。
 エリザヴェータ・アレクセーエヴナ (1779〜1826) は、婚姻によりロシア皇帝アレクサンドル1世の皇后となった。彼女はカールスルーエ (現在ドイツ領) でツェーリンゲン家のバーデン大公女、ルイーゼ・マリー・アウグステ・フォン・バーデンとして生まれた。/ 亡くなった夫の半身像をみつめる喪中のエリザヴェータ・アレクセーエヴナ、ピョートル・バシン、1831年。
 アレクサンドラ・フョードロヴナ (1798〜1860) ロシア皇帝ニコライ1世の皇后。シャルロッテ・フォン・プロイセン王妃として生まれた。/ ここで描かれている様子はロシア宮廷用の正装だ。アレクサンドラ・フョードロヴナ皇后の肖像画、A・マリュコフ、1836年。
 マリア・アレクサンドロヴナ (1824〜1880) は、ロシア皇帝アレクサンドル2世の皇后だった。ダルムシュタットで生まれた彼女の母親はヘッセン大公女ヴィルヘルミーネだった。/ マリア・アレクサンドロヴナ皇后の肖像画、フランツ・ヴィンターハルター、1857年。
 マリア・フョードロヴナ (1847〜1928)。ダウマーの名で洗礼を受けた彼女はデンマークの王女で、ロシア皇帝アレクサンドル3世の妻としてロシア皇后となった。/ マリア・フョードロヴナ皇后の肖像画、ウラジーミル・マコフスキー、1912年。
 アレクサンドラ・フョードロヴナ (1872〜1918) はロシア帝国最後の皇帝、ニコライ2世の妻としてロシア皇后となった。アリックス・フォン・ヘッセン・ウント・バイ・ラインとして生まれた彼女は、英国のビクトリア女王の孫娘だった。/ アラレクサンドラ・フョードロヴナ皇后の肖像画、ニコライ・ボダレフスキー、1907年。もっと見る:カラー写真で見るロマノフ家>>>
 パーヴェル1世の最初の妻ナターリア・アレクセーエヴナ (1755〜1776) は、第1子を出産後、亡くなった。もともと彼女は裕福な名家の出身だった。彼女の父はヘッセン=ダルムシュタット方伯ルートヴィヒ9世だった。/ ナターリア・アレクセーエヴナ・ロシア大公妃の肖像画、アレクサンドル・ロスリン、1776年。
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