「空飛ぶクレムリン」:プーチン大統領の専用機

Miklhail Klementyev/Sputnik
 核兵器のボタン、スポーツジム、厳しい規則――ロシア版エアフォースワンについて明らかになっていることをすべてお話ししよう。

 国産でユニーク、最も安全かつ大きな飛行機。20世紀の中頃から大統領専用機はこのようなものとして考えられてきた。1996年以降はIl-96-300PUがその役割を担っている。プーチン大統領は国内でも国外でも必ずこの飛行機に乗る。 

なぜIl-96-300PUなのか

Il-96-300PU

 Il-96-300PUは大きな飛行機で、全長55㍍、翼幅60㍍だ。最高速度は時速900キロメートルで、4基のジェットエンジンを持つ(外国製の通常の旅客機のエンジンは2基だ)。同じエンジンがツポレフTu-204やツポレフTu-214にも搭載されている。いずれもロシアで最も普及している商用機で、全体的にボーイング757に似ている。

 この空の船には定員300人の旅客機バージョンもある。1980年代にヴォロネジ航空機工場で設計されたIl-96は1992年12月に商用運航が始まった。だが、アエロフロート社は2014年に同機の運用をやめ、他の航空会社が購入する計画もない。製造されたのは25機で、大部分をロシア航空(アエロフロートの子会社)の大統領・政府専用航空機部門が保有している。

 この飛行機が大統領の気に入った理由は簡単だ。旅客機Il-96は最も有望な国産機で、ロシアの航空機製造業の頂点に位置すると考えられていた。だが、航空会社にしてみれば、同機の維持に大変なコストがかかった。外国製の旅客機に比べ、4基のエンジンを持つ同機は燃料費と運用コストが2倍かかったのだ。

スイス・ジュネーブに着陸した大統領専用機、2021年6月16日

 だが、大統領専用機にはこれが必要不可欠だった。「この飛行機には4基のエンジンがある。もし2基が故障しても、上昇、下降、進路の変更、飛行の継続ができる」とウラジーミル・ポポフ少将はユーチューブのチャンネルで語っている。大統領専用機は、たとえエンジンが1基だけになっても、最大800キロメートル飛行して着陸できる。

 「現在Il-96が政府専用機として使われているのには多くの理由がある」とロシア連邦功労パイロットのウラジーミル・タラノフ氏は言う。「まず、これは非常に信頼性が高くて安全な空の船で、この飛行機が長年運用されていることがその証拠だ。加えて、これは国家指導者にとって特権の象徴でもある。すべての国の指導者が自国産の飛行機で飛べるわけではないのだ」。

 大統領専用機のIl-96は製造以来5度改修されている。最後の改修は数ヶ月前に行われた。

中はどうなっているのか

 一見大統領専用機は、尾翼に小さめのロシア国旗が描かれていることを除き、ロシア航空の他の飛行機とそう変わらないように見える。だが、内部は完全にユニークで、安全保障上の最も厳しい要件を満たしており、「空飛ぶクレムリン」とも呼ばれている。

 特殊な通信機器を備え、暗号化された情報をあらゆる高度から、世界のあらゆる地点に、あらゆる通信回線を使って送信することができる。名称のPUは「司令所」を意味する頭字語である(「核のボタン」も備えている)。レーダー、無線、光学・電子、肉眼による統制装置を備えている。設備はいずれも非常時に備えて2台ずつ、物によっては数台ずつ用意されている。機内の施設の配置と機器の設置はオーストリアのダイヤモンド・エアクラフト・インダストリーズ社の機内設備の専門家が担当した。なお、機内に具体的に何があるかは国家機密だが、生活空間については比較的多くのことが明かされている。

 機内では実際にクレムリンとほとんど変わりない生活と仕事ができる。大統領執務室の他、いくつかの会議室、会議場、大統領専用の休憩室、客室、ミニ・スポーツジム、食堂、バー、シャワー室、救急蘇生・応急手当ができる医務室がある。ロシアの三色旗をアクセントにした明るいトーンで仕上げられ、歴史的事件を題材としてパヴロヴォ・ポサーツキー絹織物工場の職人が作った織物が飾られている。

 機内の様子は、2018年にプーチン大統領がバシコルトスタンの中学生アルスラン・カイプクロフを機内に入れたことで明らかになった。彼は機内を撮影することを夢見ていたのだ。

 総額がいくらなのかについてはさまざまな推計がある。2013年、ロシア大統領事務管理局が同様の飛行機を2機発注した。一機は38億ルーブル(5200万ドル)、もう一機は52億ルーブル(7100万ドル)だった。また、英国のタブロイド紙デイリー・メールは、実際の値段は3億9000万ポンド(当時の相場で5億ドル)だと報じている

プーチン大統領はIl-96-300PUを何機持っているか

 実は、大統領専用機は一機ではない。常に予備の機体が何機かある。予備機は15~20分の間隔を開けてメイン機を追う。メイン機に異常があって緊急着陸した場合、予備機が乗客を拾って飛行を続ける。

 1977年以降、1機だけでなく2機の予備機(予備の予備)を飛ばすことがルールになっている。このルールは、モスクワにやって来た米国大統領リチャード・ニクソンをレオニード・ブレジネフがIl-62(当時の政府専用機)に乗せようとした時に生まれた。乗客は席に着いたが、飛行機のエンジンが動かなかった。彼らは予備機に乗り換えたが、またしても飛ばなかった。

 また、大統領専用機はいずれも製造されてから15年以内のものである。もし運用期限を過ぎれば、飛行機は他の省庁に回され、大統領には新しい飛行機が用意される。

厳しい規則

大統領専用機を守るためについている戦闘機

 大統領専用機の要件は厳しく、すべてがうまく機能することが肝要だ。それは機体だけでなく乗員にも当てはまる。「もし翼が一つでも動かなければ、飛ばさずに機体を替える。あるいは搭乗を中止する」とプーチン大統領の飛行機の元機長コンスタンチン・テレシチェンコは語る。他の航空会社ならいわゆる棚上げ可能な(安全を脅かさない)不具合というものがあり、飛行機を予定通り飛ばすことがあるが、大統領専用機に関してはあり得ない。

 もう一つの義務的な規則が、潜水艦のように完全に自律的に飛行できることだ。つまり、大統領専用機のメンテナンスや修理は独自の技術要員だけが担い、他の飛行場の誰の手も触れてはならない。

 「もし大統領がどこかを訪れるとなれば、メイン機、予備機、先導グループが飛ぶ。先導グループには6人、予備機には4人、メイン機には2人の技術要員が乗っている。8人から成る班は、飛行機全体を解体することもできる。彼らはその準備ができている」と元機長は話す。

 管制官だけは民間機の場合と同じだ。ただし、メイン機が飛ぶ際には所定の高度内の空間が確保され、前後の飛行機との間隔が守られる。予備機の場合も同じだが、手順は短縮される。テレシチェンコ氏によれば、以前はメイン機と他の飛行機との間隔は2時間だったが、現在ではかなり短縮されているという。

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