ロシアは世界のビール産業でトップの座に踊り出ることはできるのか?

Legion Media
 家で自家製ビールを醸造しているという人もいれば、独自の醸造所をオープンする人もいて、さらには二日酔いを起こさないビールを作る人までいる。

 モスクワ近郊の灰色の高層アパートの狭いキッチンで、ガラスを叩くような音が鳴り響いた。部屋から出て、目にしたのは次のような光景だった。背が高くて、栗色の髪をして、たくましい体型のわたしの彼氏が、夜中の2時に濁った茶色の液体を古い5リットルの鍋からプラスティック製のボトルに移し替えている。テーブルにはガラス瓶とこの液体が染み込んだボロボロの雑巾が置かれている。匂いは、控えめに言って、特殊な匂いである。何があったのかとわたしが尋ねると、彼は「見りゃ分かるだろ、ビールを作っているんだ」と、まるで毎晩、ビール作りをしているかのように答えた。

 「何のために?」という質問は彼をさらに驚かせた。

 「何のためって?作ってみて、もし皆が気に入ってくれたら、歴史復興フェスティバルで売るんだよ」と彼は、これからビールになる液体に砂糖の塊を入れようとしながら、まるで子どものように説明した。

 実験は朝にして、寝ましょうと言うと、彼は不満そうに言った。「もうちょっと後で。ビールは1ヶ月後には完成する。露店は自分で木で作る。いいビジネスになるぞ」。

ロシアの醸造所のルーティーン

 この事件が起きたのは2年前のこと。ビアバーのチェーン店のオーナーで、醸造所「Shagov」の所有者でもある、優しげな顔つきをした30歳のヴャチェスラフ・シャゴフさんはどうしようもなくノスタルジックな気分になった。

 「ある日、わたしは自家製の醸造所を買ったのです。しかしそれは家で作るのと何ら変わりありませんでした。自宅で鍋でも作れるものだったんです」と彼は言う。わたしたちは彼が経営する醸造所付きのバーに座っていた。インテリアはナチュラルな木作りで、あちこちに飾りのための樽とビアサーバーが置かれていた。ガラスの向こうの試飲室の反対側には、それぞれの種類のビールの大きな釜がある。

 個人の家屋を建てて金を稼いだヴラッドは、ヨーロッパで古い建物の中にある醸造所―エクスカーションと試飲がついていた―を周った後、バーをオープンすることにした。

 「ロシアではソ連時代からラガービールに親しみがありましたが、ヨーロッパのビールはまったく違うものでした。ロシアにも最初はブランドのビールがありましたが、そのうちのほとんどが偽物で、古いレシピなんてものはなく、普通のビールをなにか珍しいもののようにして売っていたのです」とヴラッドは回想する。

 シャゴフさんは数年かけて、ロシアで開かれるようになっていた自家製ビール作りフェスティバルに通い、醸造所のための設備の見本市などにも足を運んだ。そうしたイベントの一つで、彼はビールの品質の責任者であるパートナーと出会うことになる。

 シャゴフさんは言う。「最初、わたしたちは小さな夏用のバーを湖のそばにオープンしました。お金のためではなく、バーをどんな風に経営したら良いのかを理解するためです。それから200平米の大きなバーを開きました。それには高い利子のローンを組むことになりました」。

 大きなバーを開店した次の日、シャゴフさんは「官僚主義というハンマー」で叩かれることになる。看板が市の許可を得ていないと言われたのである。そこで看板はすぐに外し、それから許可を得るまでに8ヶ月を費やした。

 「バー付きの醸造所をオープンしたときには、翌日すぐに裁判所の決定だという書類が届けられました。その建物がもうすぐ取り壊されるというのです。裁判に勝つのに2年かかりました。しかしこれはごく普通のことです」。シャゴフさんはロシアの醸造所が経験する典型的な問題について静かに語った。

 彼によれば、ロシアにおけるビール産業は、ビールに対する間接税が絶えず増額されたり、追加費用に特別なメーターが設置されたりすることでその発展を妨げられているという。というのも、年間30万デシリットル以上のビールを製造する醸造会社は、そのメーターを自前で取り付けなければならない。しかし政府はまず3分の1に減らすことを提案し、それから50,000デシリットルまで減らした。その結果、大きな収益をあげることができない小さな醸造所だけがこの規定に引っかかるようになったのである。

 シャゴフさんの考えでは、ロシアはすでにクラフトビールバーや瓶ビールを販売する店ではヨーロッパでも抜きん出ており、まもなくほとんどすべてのバーが醸造所と組んで、ビール製造を発展させていくだろうと見ている。ただしそれには条件がある。

 「もし国家が人を自由にさせ、学ばせ、治し、守ろうとするなら、ビールに関してはすべてうまくいくでしょう」。シャゴフさんはほとんど囁くような声でそう言うと、「ただ残念なのは、妻がビールを飲まないことです」と付け加えた。

ビールへの愛を高めるための講座

 「ビールを愛さないなんてありえない。彼女はただそのスタイルを見つけていないにすぎない」。とロシアソムリエ協会内にある学習センターの所長で、モスクワのビールソムリエ講座を開くウラジーミル・コロリョフさんは不満そうに言う。背筋がピンと伸び、きれいに手入れされたあご髭のある30歳くらいの男性だ。「スタウトのような重めのビールは、チョコレートマフィンあるいはチョコレートの入ったアイスクリームを1スクープと一緒に飲めば、必ず気に入るはず」と彼は嬉しそうに付け加えた。

 コロリョフさん曰く、ビールソムリエの講座には2週間ごとに5人から成る小グループ(大部分は学生)が地方から集まって来ている。講座の期間は3日から1週間で、その主な目的はビールの特性を学ぶこと、そしてアルコール飲料は酔っ払うためや喉の渇きをいやすためだけでなく、美的な喜びを得るためにビールを飲むことができることを知ってもらうことだという。

 「ロシアではビール文化はまだまだ初歩的なレベルです。数年前、ロシア人は高級ビールを薬のようだと言い、頭がおかしいと指摘していたのです」。

 クラフトビールブームがモスクワで始まったのは2013–2014年。そしてそれはロシア中に広まったとコロリョフさんは話す。これはヨーロッパのメーカーのレシピが手に入ったことと必要な材料をロシアに輸入することができたことによるところが大きいと言う。

 コロリョフさんは「この5年で、ヨーロッパとロシアのメーカーの差がついに目立たなくなりました」と指摘する。ビールの世界の市場で秀でようとすると、ロシアならではのビールを製造する必要があります。たとえば「キースルィエ・シー」(酸っぱいスープ)と名付けられていたクワスの独特な一種などだ。

 またウラル連邦大学の広報部は、大学の化学者たちが、飲んだ後に頭が痛くならないビールを開発していると発表している。しかしそうしたビールでヨーロッパで一目置かれるかどうかは疑問である。

ビールの繁栄はすべての人のために非ず

 2018年末から2019年の4月と言う短い期間だけで、アルコール飲料のセグメントにおけるビールの割合は55.4%から64.2%にまで増加した。ちなみにリア・ノーヴォスチが、製品の紹介や選び方を伝授するインターネットサイト「Rate& Goods」の情報として伝えたところによると、ウォトカの需要は10%前後で変わりない。

 しかしサイト「Rate & Goods」のロマン・マイステル代表は、ロシア人がビールを好む傾向は経済的だからだと指摘する。「ウィスキーやコニャックなど高価なアルコールはそれほど売れなくなっている。そしてワインの代わりにより民主的なビールが選ばれるようになってきたのです。今年は3月8日の国際婦人デーでさえもシャンパンの売り上げが急増することはありませんでした。一般的には、新年の前の次にシャンパンがよく売れる時期なのに」。

 2016年11月、地下鉄「リーシスカヤ」駅から200メートルのところに「休みを取ろう」という店がオープンし、さらにビールへの関心を高めている。店は普通の入り口に赤い看板がかかっているだけだが、2階建ての図書館のような店内には3,000種類のビールが並び、生ビールのサーバーが200もある。

 店のオーナーであるコンスタンチン・ジェラギンさんによれば、いくつかのビールはワインと同じく、何年も熟成させ、本来の味を引き出す必要があるという。そのために、店の隅には熟成のための倉庫がある。また店には試飲のための場所がある。

 店の入り口で40歳くらいの背の低い金髪の女性に会った。

 「前は、家の近くの店でベルベット・ビールを買っていたんですが、品質が急激に落ちてしまって。ここには種類がたくさんあって、一生かけても全部試せないと思うくらいです」。彼女は満足げにそう言って、スーパーから持ってきたレジ袋を用意して、店に入って行った。

 ビールに関するあれこれを見たり聞いたりして、わたしは元カレに電話してみることにした。ひょっとして自分のバーか醸造所をもうオープンしたかもしれないと。

 電話に出た彼は「ビールはなんだかアセトンの香りがすると皆が文句を言ってね。しかも店を開くのはお金がかかるんだ。給料はたったの5万ルーブル(およそ87,000円)だし。ビールの隆盛なんてもういい!」と言って、受話器を置いた。

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