値段交渉なし:ペテルブルク市民がクリップで芸術作品を作り、それに高価な値をつけ販売している

NILOKOLAJ ALEKSANDROVICH
 あなたはこれを見て、いろんな形にねじ曲げられただけの単なる普通のクリップにバカ高い値がつけられただけだと思うかもしれない。しかし、そうではない。これは芸術作品であり、付けられた値は絶対的なものである。

 クリエイティヴなネーミングがつけられた色と形のミニマリズム。このアーティストの作品はこのように名付けることができるだろう。42歳のニコライ・アレクサンドロヴィチさんはサンクトペテルブルクで暮らし、活動している。彼の芸術作品の素材となっているのは、紙を止めるごく普通の黄色いクリップ。作品の販売は数千人のファンが集まるVKのグループを通じて行われている。

自画像「頭のない男性」。値段: 1400 ルーブル。

 驚かされるのはその値段だ。たとえば「キリル文字のアルファベットL」は580ルーブル(およそ1,000円)、「ヨット」は2,570ルーブル(およそ4,500円)。またその作品に添えられた説明書きがとてもポエティックである。たとえば「築山」(2,420ルーブル=およそ4,200円)にはこう書かれている。「これは神話でもなければ、ユートピアでもない。これはあなたにとってもっとも従順な奉仕者である黄色いオフィス用クリップの中に大切に秘められたもっとも建築技師的アイデアの真の頂点である」、また「頭のない女たち」(1,530ルーブル=およそ2,700円)には「優美で軽快。頭がない。女性たちの中でわたしたちが愛するすべてが奇跡的な作品のなかで一つになった」。ちなみに作者自身、作品の中でテキスト空間の誇張法という一風変わったテクニックを用いている。つまりCaps Lockを常に押した書式で文章を書いているのである。

 ニコライ・アレクサンドロヴィチは表に出る人物ではない。少なくとも苗字は公表しておらず、写真も公開していないが、取材には応じてくれた。質問に対する答えも独自のスタイルを貫いている。

独学のアーティスト

左:「キリル文字のアルファベットL」、580ルーブル。右:「ヨット」、2,570ルーブル。

 クリップで作られた作品が初めて売れたのは2015年のこと。最初は単なる趣味だったという。その作品は「ブーメラン」と名付けられていたそうだ。ニコライ・アレクサンドロヴィちはあるスーパーでぬいぐるみを引っ張り上げるクレーンゲームを見つけたが、小銭を持っていなかったのだそうだ。「わたしは以前このゲームをするのが大好きだったのです。リラックスでき、気分転換になったので」と彼は言う。それでお金をくずそうと隣の薬局に入ったが、店員は両替はできないし、小銭を貸すことはできないと答えた。「そりゃそうだ。賭けごとに夢中になって返してくれるはずないから」と彼は彼を制した。店員を説得してみたが、その努力は無益に終わった。しかし彼女は突然、彼が「ブーメラン」を持っていることに気づき、瞳を輝かせた。ニコライは言う。「わたしはそのときまだ自分の作品の値段を知らなかったので、25ルーブル(およそ44円)ということになりました」。そのとき彼はこの25ルーブルを使ってクレーンゲームでぬいぐるみをゲットすることはできなかったが、彼にとって人生の新たな1ページが開いたのである。

 その趣味が彼に収入をもたらすようになるまで、彼は「レンタル・ハズバンド」として働いていた。家事や家のちょっとした修理、修繕を手伝いに行くと言う仕事である。しかし今はクリップ作品の制作だけで生活している。ニコライは作品作りを始めたころは誰もそんなもので成功できると信じていなかったが、今では家族も彼を応援しているという。「事実、息子は馬鹿げたことを口にして、わたしがやっていることは無益なことだと言うのですが、わたしは特に気にしていません。若さゆえのマキシマリズムも理解できます」。

コレクターにとっての天国

左:「築山」、2420ルーブル。右:「遮断機」、1510ルーブル。

 彼の作品はまさに奪い合い状態となっている。しかしニコライには「ひとりに1作品しか売らない」という鉄則を持っている。「購入したいという人は本当にたくさんいて、誰もがっかりさせたくないのです」。しかしこれまでにひとりだけ、「大きな成功を遂げたミンスクの絵画コレクター」に懇願され、オリジナル1個とコピーを2個を作ったことがあると打ち明けている。

 ニコライによれば、主な購入者はロシアと近隣の外国に住む25歳から30歳くらいの裕福な若者(矛盾した言葉の組み合わせではあるが)だと言う。また購入者は 「夫や妻、親戚へのプレゼントに買うことが多い」と指摘する。

 作品作りの秘密については明かしてくれなかったが、作品のアイデアは、形と名前、ときにはキャッチコピーとともに瞬時に思い浮かぶと話してくれた。現在、個展を開こうと考えているが、期間などはまだ明らかにしていない。

 最近、彼はインスタグラムで英語のブログをスタートさせた。しかし今のところまだこちらからの購入者は現れていないと言う。

ひとつのものから色んなものを

左:「鴨のくちばし」、960ルーブル。右:「カエル」、 700ルーブル。

 一見、まったく同じに見えるクリップ。向きを変えれば、別の名前をつけられそうである。もう一つも同じである。しかしニコライのファンたちは新たなる作品を心待ちにしている。「ありがとう。あなたの作品は、これまでまったく無関心だったハンドメイドというものにインスピレーションを与えてくれた」とファンのひとりは書いている。またコメントでも多くの人が彼を天才だと呼び、自分でも何か作ってみたいと思わせてくれたことに感謝の言葉を述べている。

 ニコライ・アレクサンドロヴィチは毎週、フォロワーから送られてきたクリップ作品を紹介し、定期的にその中の何人かに自分のオリジナル作品を賞品として贈っている。

 ニコライは「わたしのフォロワーの中にはクリップ修士と呼べる人が何人かいます。彼らも自分のオリジナル作品を作っていますが、それらはとてもよくできています」と話し、いつかもっとも才能ある弟子に自分の作品作りの技を教えるかもしれないと付け加えている。ある入賞者はお気に入りのニコライの変形作品「遮断機―ホッチキス」を手にした。ニコライはこれについて次のようにコメントしている。「もう妻は気が狂わんばかりになっていました。作品作りにほぼ2昼夜も費やしたので。今後はそこまで働きすぎないと約束させられました」。

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