ロシア在住のアメリカ人ライターが、ロシア人がどのように「冬モード」に変身するかを観察した

ライフ
ベンジャミン・デイヴィス
 サンクトペテルブルク在住のベンジャミン・デイヴィスさんはロシアの女性がハイヒールをはいて科学の法則に逆らい、男性が氷点下の気温の中、Tシャツだけで平気で過ごすのを讃える。

 わたしの住んでいるマンションから少し行ったところにあるお店で働く男性がサンクトペテルブルクの冬について面白い話をしてくれたので、簡単に訳してみる。

(罵り語)ここの天気は(罵り語)、(罵り語)。

 ロシア語では「パーゴーダ (ロシア・ビヨンドの編集者によって削除)」のように聞こえる。

 彼は間違っていない。

 アメリカの人たちにはよくこう言われる。「確かに、あそこは寒い」。

 それは事実だ。

 でも、「ここの」冬のタチの悪さは、寒さとは関係ない。北の果てに位置しているということは、一年の中でこの時期は、太陽がほとんど姿を現さない。11月の末には、27日間も太陽が照らないのである。

 本棚におそらく寒さによる裂け目があるから、このことは知っている。

 サンクトペテルブルクの冬は、ルーニー・テューンズみたいなウサギが永遠の漆黒の穴に転がり落ちるようなものだ。そこでは、上も下も分からず、出口も見えず、入り口さえも思い出せない。有名な白夜は、大昔に一度どこかの本で読んだだけのもののように感じてしまう。

 暗い冬が始まると、ロシア人はスタイルを気にし出す。覚えているのは、ずいぶん前の11月の初めに、ガールフレンドが「冬が来るのが待ち遠しい」と言ったことだ。

 わたしは「どうして?」と尋ねる。

 すると彼女は「素敵なジャケットやセーターが着られるからよ」と答えた。

 わたしは身震いしながら言い返した。「陰鬱な真っ暗闇の中じゃ、誰にも何も見えないよ」と。

 それを受けて彼女は「まあ、だからアメリカ人は子どもなのよ」と言った。そういうことなのである。

 その後、冬が深まり、冷たく真っ暗な通りを、口もきかずに進んでいると思いもよらずこの会話を思い返してしまう。そして冬になると、ロシア人は、アメリカでは見たことがないようなファッションに身を包むと言った彼女は正しかった。映画では、ロシア人が毛皮の帽子、毛皮のコート、毛皮の靴下、毛皮のマフラーをつけてカラシニコフを抱えているのを見るが、実際は違っていた。

 ロシアでは30歳以上の人でも、それより若い人でも、何重もの層でできたマシュマロになる。友達のイワンと毎年したゲームは、老人か子供か当てるものだった。これが思ったより難しい。

 親は子どもにどんな天候であっても大丈夫なように、オールインワンの綿入りを着せて、外に出す。一方、着ぶくれした老人のジャケットの丈はだんだん長くなり、すべてがモコモコに包まれてしまうほどまでになる。

 また、サンクトペテルブルクでは、20歳くらいの連中の間で、ブルックリンのヒップスターが涎を流してうらやむような、大規模なレトロ・ブームが来ている。一度、Airbnbに泊まった時に、そこは椅子の脚が2本壊れており、それを合板で修理していたのだが、それを見てロシア人はよっぽど使い物になるない限り、滅多にものを捨てないのだと気がついた。これは、服についてもそうで、大量の中古の服が出回っていることを意味する。中古洋服屋(ロシア語でもでまさに「セカンド・ハンド」と呼ばれている)は、2つの通りの一つには必ずあり、若者が古いアーミージャケットを着ていたり、手作りの分厚いコートを着ていたり、運が良ければ全てがデニム地の服で固めている人に出会ったりする。

 また、注目すべき点は、ロシア女性は、冬になると、科学の法則に逆らう秘密の極地的な魔法を披露することである。ブーツを買って、滑り止めチェーンをつけて歩くとき、普通は転ばないように、カタツムリのようなのろのろスピードになるものだ。ところが、めかしこんで歩くロシア女性を見ると、皆ハイヒールを履いて動き回っているのである。これはどこでも見られる光景だ。そんな危険な靴で、どうして滑りやすい道を歩けるのかといつも感心する。実際、彼女らは滅多に転ばない。もちろん酔っ払っているときは別だが、これは、科学の法則が古くからの同志ウォッカと愉快に組むチャンスを決して見逃さないからだ。

 最後に、筋骨隆々の若者がマイナス5度の屋外をTシャツ1枚で歩き回っているのを見るのはロシアでは普通のことだ。しばしば、ネコ用の鎖にしょんぼりしたシロクマをつないで連れまわしているのだが。