愛してると言って:ありふれた甘い言葉の裏に隠された危険な意味

ライフ
アナスタシア・オルロワ
 心理学者のミハイル・リトヴァク氏は、よくある愛の告白から発言者のどんな本性を知ることができるかを解説している。どんな言葉が危険信号で、どんな言葉が心の底からの感情表現なのだろうか。

1. 「君なしでは生きられない」

 この言葉はソビエトの女性のお気に入りで、現在でも人気がある。これについてリトヴァク氏はこう言う。

 「圧倒的多数のロシア人女性が、小児性愛的な嗜好の表明を許してきたと言える。この言葉は、子供・少年の言葉であって、男の言葉ではないからだ。ロシアの女性はお母さんとして夫を育て、家庭の頂点に立ちたいと思っているのだ。私が思うに、これは一種の病気だ。夫婦が正常なのは、関係維持に対する互いの貢献量が等しい時だ。」

2. 「君がそばにいると、僕は酒やタバコのことを忘れられる」

 リトヴァク氏:「人と豚とを見分けるのは容易で、動物性愛者でない限り、誰も豚と結婚したいとは思わないだろう。アルコール中毒者も豚も、どちらもブーブーと鳴くという点では同じ動物だ。こんな愛の表明をするのは中毒者くらいで、病的(心理学的な意味で)な女性だけがこれを自らが待ち望んだ愛の告白と受け取るだろう。」

 それでも、多くのロシア人女性がこの言葉を聞くのが好きなようだ。

3. 「君がいないと僕は不幸だ。君は僕にとって幸せそのものだ」

 壮大に聞こえるだろうか。一見、この言葉には何も問題なさそうだ。だが分析を聞けば、これには語弊があることが分かる。

 リトヴァク氏:「これは依存性の不健全な愛の印だ。ふつうこのような感情は、願望の対象に自分にはない特徴を見出した時に現れる。次のように想像してほしい。自分は力強く格好良い車だが、車輪がない。そして女性が車輪だ。自分には確かにこの関係が必要だ。彼女がいなければ自分は役立たずなのだ。これは自分に欠陥があることを意味している。最良の打開策は、彼女のそばから離れ、自分自身を成長させ、この女性より「高い」存在となって車輪を生やすことであって、異常な夫婦関係を作ることではない。夫婦になっても2人とも不幸になるだけだ。」

4. 「生活費は僕が稼ぐ。妻は家にいるべきだ」

 リトヴァク氏は、最高の愛の定義は「パートナーの進歩や成功の達成を助けようという意志」だと確信している。したがって、妻を愛する男性は彼女を家に閉じ込めたりしない。家では女性は足踏みするか、後退するしかないからだ。

 リトヴァク氏の助言:「あなたの成長を止めようとする男のことは忘れること。でないと潜在的な娼婦になり下がってしまう。働く目的は金ではなく、自尊心・自立心の実現だ。主婦になるなら美容師になったほうが良い。依存があるところに愛はない。」

5. 「絶対に君を傷付けない」

 もし女性がこの情熱の告白を好むなら、それは心の奥底で痛みと暴力とを期待している証拠だ。

 リトヴァク氏:「残念ながら、ロシアで女子を育てる際に教え込む主な考えは、何がなんでも結婚し、自分がなんと不幸かを叫びながら十字架を握りしめて耐えるというものだ。彼女らはマゾヒストになってどんな痛みにも喜んで耐えるよう教わる。」

 ミハイル・リトヴァク氏は、幸せな家庭を作るための「健全な」関係は、こんな言葉から始まると確信している:「喜びや悲しみを分かち合い、あらゆる困難を乗り越える方法を一緒に学んでいこう。」