なぜロシア人はパスポートを2つ持っているのか

アンドレイ・イゴロフ/Sputnik
……おそらく誰しもこの疑問を抱き、奇妙に思ったことがあるだろう。だが実は、世界の大半の市民(あなたを含めて)がID(身分証明書)を2つ持っている。

 「国内パスポート」と「国外旅行パスポート」という2種類のパスポートを自国民に発行する国はほとんどない。ロシア、ウクライナ、北朝鮮などがその数少ない例で、想像に難くないように、境界を越えるのに特定の書類が必要ということは、国が人々の動きを完全に監視しているということだ。ソ連でそうであったように。 

門をくぐる

 歴史的に、パスポート(「街の門・扉をくぐる」という意味のフランス語が語源)は、公国、王国、ありとあらゆる国の市民が国境を越えて外国の市町村に入ることを許す旅券として発行されていた。

 例えば、モスクワ大公国領から出るには、ツァーリが発行する「旅人巻物」を申請しなければならなかった。巻物は極めて裕福な貴族や商人しか手に入れられなかった。本当の旅行者と浮浪者とを識別する唯一の証明書だった。

 18世紀から、ロシアは国内の人々の移動を監視するため国内パスポートを発行し始めた。当時ロシアは農奴制国家であったため、逃走農民は居場所を突き止められ、主人のもとに連れ戻された。国内パスポートを持たずに移動することは危険だった。

皆のものではない

 19世紀後半の産業・交通革命ののち、国内の人の移動を統制することが至上命題となった。ツァーリ政府とその後のソビエト政権はこの問題に直面し、そして登録印のシステムが誕生した。

 ソビエトの都市民が国内パスポートを手に入れたのは1930年代だったが、地方の住民がこの権利を手にしたのは1960年代のことだった。国家は農民が村を離れることを望まず、彼らに対してパスポートの発行を渋ったのである。全ソビエト市民が国内パスポートを与えられたのは1974年のことだ。

 現代のロシアのパスポートと異なり、ソビエトのパスポートには民族性の項目があったが、これがしばしば悲しみや差別につながった。各市民をそれぞれの居住地と結び付ける登録印はロシアのパスポートに残っている。

旅行パスポート

ベルギーのアトミウムを訪問するソ連の観光客

 ソビエト国家は各市民の出国も厳しく統制していた。公式の使節団、スポーツチーム、オーケストラ、バレー団は、同行するKGBの将校に見張られ、亡命や国家機密の漏洩がないよう監視されていた。

 出張や休暇で国外へ行く人には、「国外パスポート」として知られる特別な国外旅行パスポートが与えられた。これは現在でも残っている。なぜか。ソ連崩壊時には多くのソビエト市民が国外旅行パスポートを持っており、このパスポートは国の税関システムを壊さないよう、有効であり続ける必要があった。有効期限が切れ次第、順次ロシアの新しい旅券に更新されていった。

ロシアの国外パスポート

 1990年代にソビエト体制が終わったベラルーシでは今日、国民は国内IDと国外旅券として単一のパスポートを持っている。

ではロシアの国内パスポートとは何なのだろう?

 ロシアの国内パスポートは、欧米のほとんどの人が持っているIDカードに近い機能を持つ。米国では、運転免許証がこの機能を果たす。また、欧州の大半の国では健康保険証がIDの役目を果たす。したがって欧米人のほとんどが、ロシア人同様に2種類のID、国外旅行パスポートと国内IDとを持っていることになる。

 ロシア国民はパスポートを常に携帯するよう公式に義務付けられている。ところがパスポートに関する法律の条文によれば、パスポートは「安全に保管」しなければならない。そのため多くのロシア人はパスポートの写しを持ち運んでいる。紛失したパスポートの再発行は、役所にアクセスできる政府のウェブサイトの開設によって格段に容易になったが、依然誰もパスポートなしで日々を過ごしたいとは思わない。ロシアには、突然国内パスポートの提示を求められる可能性のある場所がたくさんある。

 ところで、少数のロシア人しか国外旅行パスポートを必要としていない。レヴァダ・センターの2014年の調査(ロシア語)では、なんと76パーセントものロシア人が、旧ソ連圏から出たことがない。毎年外国旅行に行くのはロシア人全体の7パーセントに過ぎず、2、3年に一度外国旅行をする人も8パーセントだけだ。また、55歳より上の世代では、67パーセントが外国に行ったことがない。有効な国外旅行パスポートを持っているのは全体でロシア人の3割に過ぎない。

 だがロシア人の大半が外国へ行ったことがないという事実を聞いて目を潤ませる前に、知っておいてほしい事実がある。例えば、アメリカ人の64パーセントが国外に出たことがない。理由はロシアと同様だろう。シベリアやロシア極北・極東の住人にとって、彼らの極めて少ない年収で世界を旅行するのはほとんど不可能だ。単純に距離が遠すぎるのである。

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