この記事をまず次のように始めてもいいかもしれない。「ロシア人と飲むなら、決して‘Na zdorovie’ なんて言わないでほしい」と。そして、これがどれほど我々をうんざりさせているか、長々とぼやいてもいい。
しかし、感情は脇に置いて、仕事に取りかかろう。とにかく、乾杯で ‘Na zdorovie’ と言うのは間違いなのだ。ハリウッドとストリーミングサービスには、相変わらずこのステレオタイプが出てくるが。
このステレオタイプはどこから生じたか?
一説によると、欧米の映画産業全体が(それがこの誤解の主な出所だ)、「ナ・ズドローヴィエ」が「乾杯!」のロシア版だと思い込んだ理由は、ポーランド移民だった。ちなみに、「ズドローヴィエ」は健康を意味し、「ナ」は前置詞。直訳すると「健康のために」となる。
ポーランド語には “Na zdrowie” というフレーズがあり、次の 2 つの状況で最も頻繁に使われる。つまり、乾杯のときと、誰かがくしゃみをしたときだ。どちらの場合も、健康を願うことを意味する。
おそらく、アメリカ人は、ポーランド移民の「波」が米国に流れ込んだ20世紀初めにこのフレーズを知ったのだろう。他ならぬポーランド人がしばしば招かれて、ロシアに関する映画に出演したり、そのコンサルタントになったりしたからだ。
こうして、ポーランド語の “Na zdrowie” がロシア語の架空の “Na zdorovie” に変容したのではあるまいか、というのだ。なかなか説得力がある説ではないか?
実際にそういうフレーズがロシア語に存在することもあり、これで混乱した可能性は確かにある。しかし、さらに他の説も見てみよう。
もう一つの説は、 “Na zdorovie” は、 “Vashe zdorovye” (あなたの健康のために)というフレーズが時とともに変化したというもの。ただ、 “Vashe zdorovye” はすでに廃れた古い語句だ。
この乾杯のルーツは、古代ロシアにまで遡る。かつて、公の健康を祝して乾杯する伝統があった。すべての客は、彼の健康のために杯を上げなければならなかった。
しかし、これは「ナ・ズドローヴィエ」と同じではない。それに、ロシア人の間で最も人気のある乾杯の言葉でないのも確かだ。
ロシア語の “Na zdorovie” はいつどんな意味で使うのか?
第一に、ロシア語の “На здоровье!” (Na zdorovie)は、「どういたしまして」の意味で使う。最もよく用いられるのは、昼食や夕食を褒められたときの返事としてだ。この文脈では、「どういたしまして」の意味で、主婦の丁寧な返事ということになる。
たとえば、客が「ありがとう、すばらしい夕食でしたよ!」というと、主婦がそれに答えて “На здоровье!”。
第二に、その料理が客の健康に良いように、という願いでもある。しかし、一つニュアンスがある。このフレーズは、友人など親しい人々にふさわしい。
カフェのウェイターがあなたの誉め言葉に “На здоровье!” と答えることはまずあるまい。そういう場合は、 “Не за что”(どういたしまして)、 “Спасибо” (ありがとう)、 “Пожалуйста”(どういたしまして)などの返答が返ってくることが多いだろう。
今や、読者の皆さんには、ロシアでは “Na zdorovie” が乾杯と無関係である理由がお分かりいただけたと思う。
ロシアでは乾杯のときに何と言うのか?
いささか奇妙に思えるかもしれないが、ロシア語には “cheers” に相当するものがない。しかし、その代わりにどう言うべきかについて、いくつかのオプションをまとめた。
- “Поехали!” (“Poyekhali!”〈行こう!〉)――世界最初の宇宙飛行士ユーリー・ガガーリンがロケットの打ち上げ前に言ったフレーズだ。楽しい集いの最初の乾杯にふさわしい。
- “За встречу!” (Za vstrechu〈出会いのために、出会いを記念して〉)――会いたいと思っていた人と、あるいは嬉しいサプライズの出会いがあってその人と飲むときに言う。
- “За тебя!” (Za tebya!〈あなたのために!〉)――その人が嬉しく愉快になるように、こう言う。広く使えるバージョンだ。
- “Горько!” (Gorʹko!〈酒が苦いぞ!〉)――結婚式でだけ使われる。「苦い」とはウォッカの味のことで、その苦さは新郎新婦のキスによって和らげられねばならない。要するに、客たち「苦い!」と叫んだら、二人はキスをしなければならない。
- “За здоровье!” (Za zdorovʹye!〈健康のために!〉)――「健康のために、健康を祝して」と乾杯するときに言う。散々誤解されてきた “Na zdorovie” の正しいバージョンだ。
- “За любовь!” (Za lyubovʹ!〈愛のために!〉)――決して“滑らない”古典的バージョンだ。
- “На посошок!” (Na pososhok!〈文字通りの意味は、杖のために〉)――宴席を去る前に、最後の乾杯をするときに言う。その乾杯の後で帰宅することになる。要するに、道中無事でちゃんと帰れるように、というわけだ。