伝統的なロシアの結婚式で必ず出された料理

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 ルーシ時代、結婚のパーティは数日から1週間続いたため、そのもてなし料理は新郎新婦一家の豊かさを表すものであったが、多くの料理は幸せを願う気持ちと新しい家族の子孫繁栄の祈りが込められたものであった。

 結婚式を挙げた後に開かれるパーティの1日目、新郎新婦は親戚や友人たちと特別な食事会に向かう。

 ロシアの民俗学者イワン・ゴルィシェフは、モスクワ近郊にあるウラジーミル州での結婚式について、次のように記している。「新郎と新婦の親族が全員招かれる。彼らを門で出迎えるのは新婦、そして新婦の父と母である。新婦の父親が黒パンのカラヴァイを新郎に手渡し、仲人夫妻に深々とお辞儀をする。夕食の前に、3つのグラスに注がれたウォトカまたは浸酒、赤ワイン、あるいは蜂蜜など、それぞれの飲むものが運ばれる(ヴャズニコフスキー郡ウラジーミル県ムスチョーラ、ボゴヤヴレンスカヤ村、1863年)。

『結婚のお祝い』、ミハイル・シバーノフ作、1777年

 冷たい前菜にはハム、羊の頭、あるいはストゥジェーニ という煮凝りが出された。ゴルィシェフによれば、スープにはガチョウの内臓で作ったポフリョープカ(スープ)が用意された。もちろん、多くの料理は、その新郎新婦の住む地方によって異なっており、たとえば、シチー、ヌードルスープ、あるいはボルシチを作る地域もあった。

裕福であればあるほど、肉料理が多い

『ボヤールの結婚晩餐会』、1883年

 ゴルィシェフによれば、メインディッシュには小麦のカーシャ(粥)とさまざまな部位の羊肉、子豚、ガチョウ料理が用意された。結婚式のテーブルに肉料理、魚料理が多ければ多いほど、豪華なパーティとされた。そこで、余裕がある家庭では、子豚を丸ごと処理し、それでありとあらゆる料理を作った。

 「羊肉の内臓を出すときには、新郎が腎臓を取り出し、それを細かく切って、列席している全員にフォークで配る。ガチョウを出すときは、その間に新郎新婦がテーブルから離れてお色直しをする」と民俗学者は書いている。

 来客が食べている間、新郎新婦は食事にも飲み物にも手をつけない。2人はパーティの前に少し食べておく場合もある。ルーシの北西部では、新郎新婦には魚のピローグとクランベリー入りのミルクが出される。「川魚はたくさんの子どもに恵まれるように、そしてクランベリー入りの牛乳は、子どもたちが元気で強い子になるように(ロシア語で「血色が良い」という表現に「牛乳の入った血」というものがある)という意味」である。

『新郎新婦を待っている、ノヴゴロド地方にて』、アンドレイ・リャブシキン作、1891年

 ロシアの民俗学者ミハイル・ザブィリンは「ロシア民族、その習慣、儀式、言い伝え、迷信、ポエジー」(1880年)の中で、もう一つ興味深い伝統について書いている。「新郎新婦の席の前に3枚のテーブルクロスを重ねてかけたテーブルが置かれ、塩入れに入った塩、カラチまたはペレペチとチーズ(カッテージチーズ)が並べられる。来客たちに3種目の料理である白鳥料理が出されるとき、新郎新婦の前にはチキンのグリルが出され、新郎の友人がこのチキンを2枚目のテーブルクロスで包んで、2人に運んだ」。

 結婚パーティの2日目は新郎の家で行われ、歌やダンスを楽しむ。そして3日目には新婦が腕を振るい、手作りのピローグで客をもてなす。

カラヴァイ=もっとも美しい結婚式のパン

カラヴァイ

 ルーシには、結婚式を終えた新郎新婦を両親の家の玄関でパンと塩で迎える伝統があった。このパンがカラヴァイである。結婚式の際には丸い形に焼かれ、パン生地で作った編み目模様や花、白鳥などで飾られた。丸い形は太陽と、同時に子孫繁栄と幸福を象徴した。カラヴァイは家庭生活を幸せに送り、健康な子どもを持つ女性が焼くものとされ、それによって新しい家庭にも幸運がもたらされると考えられた。 

 カラヴァイに飾られる模様にはそれぞれ特別な意味がある。輪は結婚のシンボル、穂は子宝と裕福な生活、鳩や白鳥は忠誠、花は女性らしさ、そしてカリーナ(ガマズミ)の実は愛を意味する。

 カラヴァイは第一に新郎新婦のために出され、まず家の玄関で一口かじるが、パーティの間には来客一人一人も一口ずつ食べ、喜びを共有する。

*カラヴァイのレシピはこちらからどうぞ 

公の帽子の形をしたピローグ 

 いくつもの層から成り、上の部分に穴が開いている具入りのピローグ、クールニクも長いこと、結婚式の儀式に欠かせないピローグと考えられていた。11世紀にロシアを統治したウラジーミル・モノマフ公の豪華な帽子を思わせる4面または8面の帽子の形をしている。

クールニク

 クールニクは鶏肉と小麦を入れて焼かれた。鶏は子孫繁栄を象徴し、小麦は豊かさと子宝の意味をする。ときに、幸せを願って、クールニクの中に卵の殻または鶏の骨が入れられることもあった。もし、結婚式が行われる家庭があまり豊かでなく、鶏肉を買う余裕がない場合は小麦とキノコ、根菜、またはキャベツを入れた。一般的にクールニクは、新郎のためと新婦のための2つ焼かれた。新婦用のピローグは花と鳥で飾られ(女性らしさと美しさのシンボル)、新郎用のピローグは人や動物の形で飾られた(子沢山と豊かさのシンボル)。

 いくつかの地域では、パーティの間に、クールニクを新郎と新婦の頭の上で割るという習慣があった。新郎新婦の上に落ちた小麦が多ければ多いほど、裕福な生活を送れると考えられた。

 大きなピローグのほかに、結婚式にはさまざまな具を入れた小さなピロシキがたくさん焼かれた。オープンパイであるラステガイが焼かれることも多く、これがパーテイの間、パンの代わりに食された。デザートには甘いピローグとプリャーニクが用意された。

ラステガイ

 1917年の革命後、政府が教会を否定するようになったため、大都市でも村でも、教会での結婚式の儀式やそれに伴う多くの儀式は過去のものとなった。しかし今でも残っている数少ない食の伝統の一つが、新郎新婦にカラヴァイと塩を振る舞うことである。

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