三菱電機の製品は、1970年代からソ連で知られています。当時の主な協力分野は何でしたか。そして、今はどのように変化していますか?
当社とロシアの関係の歴史は、実際はるか昔に、ソ連が建国される以前にまで遡ります。ご存知のように三菱電機は、1870年創業の海運会社「九十九(ツクモ)商会」にルーツがあります。これは後に「郵便汽船三菱会社」と改称。日本で初めて蒸気船をロシアへ定期運航したのはこの会社でした。
1960年代以降、当社の製品は、日本の商社を通じてソ連に供給されてきました。三菱電機のブランドと製品は、ソ連時代の文学や映画の古典的作品でも言及されています。これは私にとっても驚きの発見でした(笑)。
今日では、当社の本格的な現地法人「三菱電機ロシア」がロシアで活動しています。この現地法人は、サンクトペテルブルク、エカテリンブルク、クラスノダール、ノボシビルスク、カザンの5都市に支店を有しています。さらに、旧ソ連圏のヨーロッパ地域の諸国とも、またカフカス、中央アジアの国々とも事業を行っています。
今日の主な業務分野は、家庭用および産業用の空調システム、産業用オートメーション機器、パワー半導体、家庭用冷蔵庫の販売です。
近い将来、どんな新製品をロシア市場に投入する予定ですか?
三菱電機のロシアにおける四半世紀近い事業の間に、当社の製品の全分野に及ぶ15種類以上を、ロシア市場でテストしてきました。携帯電話(この事業はすでに撤退していますが)も含めてです!
当社の製品は概して、ロシアの消費者の要求に10年先んじており、このことが、新しいタイプの商品の販売を妨げて来たといえるかもしれません。。たとえば、2009年に当社は、ロシアの送電網会社にデジタル無人変電所を提案したのですが、ロシアの業界の技術的コンセプトに合わないとの理由で拒否されました。しかし、10年後の今、デジタル変電所はロシア電力産業のベースになっています…。
近年、ロシアの産業は大きな飛躍を遂げて来ました。今、当社は、販売する製品の種類を広げるために、次のような方向が有望だと考え、検討しています。輸送業界、航空業界、金融およびIT企業のいわゆる「信頼性のインフラ」。このインフラでは、データアクセスの信頼性が求められます。ロシア向けのこうした新しいソリューションの多くは、日本にとっても斬新なものであり、超スマート情報社会「Society 5.0」の技術的要素になっています。
三菱電機が事実上、「Society 5.0」の戦略の「大使」を務めているのはなぜですか?これは商用製品ではないですよね。
「Society 5.0」は、日本の政府と経済界が提案する国家戦略で、目的は、持続可能な経済発展とデジタル技術による社会問題の解決です。ドイツの「インダストリー4.0」、アメリカの「インダストリアル・インターネット・コンソーシアム(IIC)」、「中国製造2025」などと同列に論じられていますが、その主な違いは、適用できる範囲が広いことです。経済ではなく、社会全体に適用できます。その点で、ロシアの「デジタル化」の哲学に近いでしょう。
一方、ドイツの「インダストリー4.0」の推進は、マーケティングの足がかりを提供しています。ヨーロッパの、とりわけドイツの企業を「差別化」するのがその目的で、この業界のデジタルトランスフォーメーションに関する彼らの基準は、世界中の意識において支配的になっています。こうしたなかで日本の産業アイデンティティを維持することは、「Society 5.0」の可能性を活用した積極的なマーケティング戦略によってのみ可能と考えました。当社は、日本の経済界で初めてこれを認識し、行動を起こしました。
ロシアでビジネスを行うのに特別な流儀がありますか?
海外でビジネスを行うのは、どの日本企業にとっても簡単なことではありません。そういう場合、トップマネージャーの最初の課題は、駐在する国の文化コードを解釈する方法を学ぶことです。
私はロシアで数年働いていますが、ロシアで働き、生活するためには、理論的な準備はまだ足りないと言えます。日露両国民間のコミュニケーションにおいて、いずれの側にも、まず第一に、価値観、行動規範、ビジネスコミュニケーションの点で、お互いについての知識がまだまだ不足しています。これは、相互の尊重の欠如、つまり信頼の欠如につながります。中国、米国、欧州の企業との関に形成されたような協力の基盤はまだありません。
もちろん、この30年間で、状況は根本的に改善されました。私たちのロシア現地法人の社員は150人以上いますが、日本人は2人だけです。これは状況改善を裏書きするでしょう。
今日、ロシア人は、日本人がロシアについて知っているよりも、日本についてもっとよく知っています。日本人にとって、ロシアはまだ遠く、神秘的で未知の国で、とにかく寒い国というイメージを持つ人もいます。でも、実はそんなことはありませんね。私たちの外国のパートナーの中で、協力関係の発展の条件を作り出すために、ロシアほど関心を抱き注力している国はほとんどありません。
ロシアが巨大な潜在的市場であり、いわば「明後日」の市場であることに鑑み、私たちがいちばん期待しているのは若い世代です。デジタルテクノロジーのおかげで、若者は政治的または地理的な境界を恐れません。ですから、日本がロシア文化について、ロシアが日本についてやっているのと同じくらい啓蒙、教育を行うことができれば、固定観念をなくし、この市場の本領が発揮され始める10~15年後の急激な拡大に向けて予め備えることができるでしょう。
ロシアでの四半世紀にわたる活動のなかで、私たちは、多くの教育・文化プロジェクトを実施してきました。モスクワの東洋美術館との長年の協力、日本関連のフェスティバルである「日本の秋」や「J-FEST」 への支援はその一部にすぎません。
ロシア市場での日本のビジネスの発展について、中期的にはどんな見通しですか?
今のところ、ロシア経済において日本のビジネスが果たしている役割は大きくありません。他の国々や地域のプレゼンスに比べれば、後塵を拝しています。中国や欧州の存在感からすれば、ずっと控えめに見えます。
政治的な問題は別にして、経済的な理由もあり、それはかなり理解できるものです。たとえば、投資に関する議論を始めるうえでの主な基準――つまり、市場の十分な規模、現地生産の製品の品質、主要な工場のサービスの水準、価格競争力などですが――これらはまだ、ロシア経済によって保障されていません。
ロシアの経済的、社会的、政治的システムにおける周知の「伝統的な」複雑さは言うまでもありません。さらに、投資環境とインフラへの外国投資家の要望に対する、ロシアの中央政府および地域当局による「独特の理解」。このように、これまで多くの行き違いがありましたが、うまく克服されていくだろうと思います。
コロナウイルスのパンデミックは、ロシアでの日本のビジネスの見通しにどう影響しましたか?
パンデミックは、私たちが国際協力を切実に必要としていること――それも新たなレベルで必要としていること――を示しています。グローバリゼーションにより、各国は、単に相互に結びついているというのではなく、相互依存するようになっています。この規模の災厄は、単独では克服できません。
当社は、意外にも順調です。「ニュー・ノーマル」の、この主たる要因、つまりコロナ禍は不確実性をはらんでいますが、にもかかわらず、当社の状況は楽観的にさせてくれます。
一例を挙げましょう。ウイルスの第一波のピークだった昨春、私たちは、新しい医療センターのボイラー室の自動化に必要な機器を、記録的な速さで、わずか10日で納入することができました。 これは単なる記録ではありません。ビジネスのスピードの新たなベンチマークです。
ロシアに産業用プラットフォーム「e-F @ ctory」を導入することは可能でしょうか?その主な障害は何だと思いますか?
導入は既に行われています。私たちは、ロシアおよびCIS諸国のパートナーと協力しています。彼らは、「e-F @ctory」に基づいてソリューションを考案しているのです。このプラットフォームは、「Society 5.0」の重要な要素の1つであり、企業がデジタルマニュファクチャリングを創出するために用いており、プロセスを最適化します。
このプラットフォームの大きな利点は、非常に適用範囲が広いことです。たとえば、鉱業・冶金企業向けに、生産および輸送管理システムを開発し導入しました。ロシアの企業の進化は非常に緩やかですが、こうした戦術は、デジタルトランスフォーメーションを可能な限り痛みのないものにします。
ここロシアだけでなく日本でも、「デジタル企業」が形成されるうえでの主な障害については、誰もが5つの「壁」について語っています。すなわち、国家機構、法制度、技術の壁、そして人的資源が足りず、社会がなかなか受け入れてくれないことですね。
どの国でも、社会の次の発展段階に進むためには、これらのシステムの働きを完全に再構築する必要があります。 そしてそのためには、人々を教育し、変化からどのようなメリットが得られるかを説明し、最も大胆なシナリオのもとでもロボットが人に取って代わることはできないことを納得させねばなりません。
1年ちょっと前に、三菱電機コンピテンスセンターがペルミ市に開設されました。どんな成果が上がっていますか?
三菱電機コンピテンスセンターは、技能向上センター「形成」を基盤に設置されました。私たちは人々の再訓練を行い、自動化技術とロボットを扱える専門家を養成します。コンピテンスセンターは、低スキルの労働力をロボットに任せることを教える一方、人々の「ソフトスキル」、つまり創造的思考、問題を臨機応変に解決する能力を開発します。これはおそらくエンジニアリングにおける最大の課題でしょう。
最初のロシア出張について教えてください。それは偽の三菱電機エアコンと関係していたというのは本当ですか。そのエアコンはモスクワのカジノの屋根に設置されていたとか?
確かにそんな経験がありました。忘れがたいです(笑)。それは何年も前のことで、私がロシアを訪れたのはそのときが初めてでした。当時、私は三菱電機のヨーロッパ市場での空調機器販売を担当していました。ロシアで偽の三菱電機エアコンが見つかったという情報が入ったので、私はそれを確認しに出かけたのです。偽物は評判にひどく響きかねませんからね。エアコンは確かにカジノの屋根上に設置されていました。その事実や外観などを記録するために、写真を撮る必要がありました。カメラを取り出すとすぐに警備員が飛んで来ました。正直、その瞬間、これで私の人生も出張も終わりだと思いましたよ(笑)。私は、自分がどんな理由で何をしているのか長い間説明しました。幸い、すべてうまく片が付きました。
ロシアをあちこち旅行できましたか?
私はペルミ、サマーラ、ウラジオストク、ニジニ・ノヴゴロドその他、多くの都市に行きました。ニジニ・ノヴゴロドはとても「ロシア的な」建築で記憶に残っています。
ロシアはヨーロッパでしょうか、それともアジアでしょうか?
私の意見では、概してロシアはヨーロッパに近いでしょう。しかし、ロシアは他民族、多宗教の国です。ロシア東部のブリヤート共和国など、いわゆる「東方の」共和国のメンタリティーは、ヨーロッパ・ロシア地域から遠く隔たっており、アジア的メンタルに近いです。この辺は中国の影響が間近ですしね。さらにカフカス地域もあり、これはまたまったく独自の歴史をもっています。ですから、この問にははっきりした答えはないと思います。この点で、ロシアはとても複雑で興味深い国です。
ロシアに住む場合、どんな準備が必要ですか?適応がいちばん難しかったのは?
天気ですね(笑)。どんよりした曇天の冬に慣れるのは難しいです。モスクワではほぼ半年太陽が隠れているので、ちょっと気が滅入ります。ロシア語は非常に難しい言語ですが、今では仕事はほとんどすべて英語でカバーされており、社員全員が問題なく英語でコミュニケーションしています。当社ではこれは必須要件なので、言語の壁は以前ほど目立ちません。
ロシア人はどんな人たちか――これは私にとって楽しい発見になりました。ロシア人は陰気でフレンドリーではないという強い固定観念があります。一見そのように見えますね。でも、実はそうではない。ロシア人はとてもオープンマインドで客好きで、陰気な顔の背後には、日本人がとても重んじる大事な資質が隠れています。それは誠実さです。ロシアでは誰も、単なるサービスのためにそうしなければならないからといって、理由もなく笑顔をつくることはないでしょう。そしてロシア人は、陽気に楽しむのがとても上手ですね(笑)。
今年、三菱電機は創立100周年を迎えました。新世紀の発展戦略の基礎になるのは何ですか?
100年は、どんな企業にとっても極めて重要なマイルストーンです。
杉山武史社長が述べているように、私たちの目標は「人間の顔」を持った会社を創ることです。それは、現代の人間の性格と、その社会における位置とを考慮しつつ、普遍的な人間的価値観を、そして社会と環境への責任を負うイノベーションを志向します。
私たちは、当社の次の100年間におけるグローバルな成功を確実にするために、精一杯の意義ある貢献をしていく所存です。