ロシアのおとぎ話の一番の悪者、不死身のコシチェイとは何者なのか?

Kinoslovo, Walt Disney Pictures; Soyuzmultfilm
 もっとも悪い登場人物の一人であるコシチェイは、痩せ細った醜い老人の姿をし、若い娘たちを言葉巧みに襲う。

 ロシアのどのおとぎ話にも、善の存在である主人公が戦いを挑む悪魔的な要素、悪の力というものが存在する。普通それは、恐ろしいドラゴン(3頭のズメイ・ゴルィヌィチ)であったり、悪い魔法使い(不死身のコシチェイ)であったりする。

コシチェイとは何者か?

「不死身のコシェイ」ヴィクトル・ヴァスネツォフ作

 コシチェイ(またはカシチェイとも呼ばれる)という名前の登場人物はロシアの多くの民話やオリジナルのおとぎ話に登場する。中でももっとも有名なのが「カエルの王女」、「マリヤ・モレヴナ(不死身のコシチェイの最期)」、「不死身のコシチェイ」、そしてアレクサンドル・プーシキンの詩「ルスランとリュドミラ」である。

 コシチェイの姿や性格は作品によってやや異なっていることもあるが、不思議な力を持った悪い老人であるということだけは変わらない。また狡猾で、ずる賢く、空を飛ぶことができ、あらゆる枷を取り除くことができ、黒魔術を使うことができる。魔法の馬にまたがっていることもある。

 コシチェイがおとぎ話の中で行う悪事というのは、若い女性を拐うことである。恐ろしい老人はその犠牲者を騙しと闇の魅力で魔法にかけ、自分の元へと誘うのである。ときにコシチェイは美しい娘に近寄り、妻になってくれれば金をたくさんやるなどと約束することもある。

 そしてその娘を助けにやってくるのが、若い勇士「ボガトゥイリ」である。そして勇士が道で出会うすべての人、そしておとぎ話の動物までもが、この悪を倒すための戦いで勇士を助けるのである。

「マリヤ・モレヴナ」の挿絵、タマラ・シェヴァレワ作

 コシチェイ自身が囚われの身になるおとぎ話が一つだけある。女戦士マリヤ・モレヴナに捕まり、鎖に繋がれてしまう。しかし、ここでもコシチェイは女戦士を騙して自由の身になる。

なぜ不死身のコシチェイと呼ばれているのか?

 コシチェイは歩くミイラのようで、とても醜い老人である。ガリガリすぎて、古いスラヴのイメージでは、文字通り、骨がギシギシと軋む生きた屍のようである。おとぎ話の中ではコシチェイは長いこと、何も食べず、何も飲んでいないと説明されている(中には300年!という説も)。生者と死者の世界の狭間に存在しており、最後まで死んではいないが生きてもいないということになる。

 コシチェイの名前の由来について別の説では、チュルク語の「囚われの身、奴隷」という言葉から来ているとも言われる。古代ロシア文学作品「イーゴリ遠征物語」の中で、コシチェイはまさにその意味合いで登場する。そこで、おとぎ話の中で、コシチェイは誰かを拐ったり、または自分が拐われたりするのだろう。

コシチェイはどこに住んでいるのか?

 コシチェイの住処は普通、ロシアのおとぎ話でよく使われる「はるか遠いところ」にある陰気で暗く冷たい城か宮殿に住んでいる。コシチェイの住むところに行き着くのはとても大変で、誰もがその場所を見つけることはできない。またそこにいく途中には、ありとあらゆる障壁があり、魔法の罠が仕掛けられている。善良な若者は馬を追い込んだり、あるいは鉄の靴をいくつも履きつぶさなければならない。

 コシチェイの宮殿には、信じられないほどの宝が溢れているが、コシチェイはとてもけちで、それをまったく使わず、ただ大切にとっている。アレクサンドル・プーシキンは「コシチェイ皇帝は黄金の上で痩せ衰えている」と表現している。

ギリシャ神話のハデスに似ている 

挿絵「不死身のコシェイ」、イヴァン・ビリビン作、1901年

 スラヴ神話には、カラチュンという悪の神が存在する。これは下界の悪霊で、酷寒、陰鬱、そして死者の世界の支配者であった。スラヴ神話の研究者、リリヤ・アレクセーエワは、コシチェイは古代の悪魔カラチュンのフォークロア版の一つだと指摘し、「コシチェイは死を具現化した冬のスラヴの神であると考えられている」と書いている。

 おとぎ話に出てくるコシチェイは神話のカラチュンと同様、古代ギリシャの地下の神ハデスに似ている。いずれも、他の登場人物を自分の隠れ家、つまり現実世界の境界を超えた、2度と抜け出せない場所へと誘い込む。そしてロシアのおとぎ話では、オルフェウスのような善良な若者が恐ろしい地下の王国に向かい、自身のエウリュディケーを助けるのである。

本当に不死身なのか?

アニメ「カエルの王女」、1954年

 コシチェイは不死身とされている。しかし実は困難ではあるもののコシチェイを滅ぼすことは可能である。この悪者に完全に勝利し、永遠に別離するためには、卵の中にある魔法にかけられた針を折らなければならない。その卵はカモの中にあり、カモはウサギの中、ウサギは海の真ん中にある島に生えている樫の木の上の宝石箱の中にある・・・。 

 フォークロアの研究者ウラジーミル・プロップは「死」というものが独立したものとして存在しているのは、人間の魂というもののかつてのイメージによると説明する。プロップは自著『魔法のおとぎ話の歴史的ルーツ』の中で次のように書いている。「魂は、人間がいなくても生きられる個別の存在として、思考することができるものです。そのためには人が必ずしも亡くならなくてもいいのです。そして生きている人間も魂あるいは自分の外に生きる魂の一つを持つこともできるのです。そのような魂を「bush soul」と呼びます。そうした魂を持っているのがコシチェイです」。

現代文化の中のコシチェイ 

 悪い老人はロシアのおとぎ話のアニメや映画でも人気の登場人物となった。ソ連映画でもっとも有名な「コシチェイ」となったのは俳優のゲオルギー・ミリャル。1944年の映画「不死身のコシチェイ」で主役を演じた。痩せ細った老人を演じるため、ミリャルは特別な準備を行うのは必要ではなかった。映画は第二次世界大戦中、ドゥシャンベでの疎開中に撮影されたが、ミリャルはマラリアに感染し、その自分の役柄とほぼ同じ、「生きた骸骨」のような姿になったのである。ミリャルは、「靴を入れて45キロだった」とジョークを飛ばした。

映画「不死身のコシチェイ」、1944年

 194559日の初公開の日、映画館は満員の観客が詰めかけた。おとぎ話の悪であるコシチェイに対する勝利は、現実の悪であるナチス・ドイツに対する勝利を象徴するものとなったのである。

不死身のコシェイ役のゲオルギー・ミリャルとマリヤ・モレヴナ役のガリナ・グリェゴリエワ

 後にミリャルは、1967年の『火、水と…銅管』(もっともこちらの役はコメディ風の役であった)などロシアのおとぎ話を基にした他のソ連映画にも出演した。興味深いことに、同じ映画で彼はカルト的な役柄である魔法使いの「バーバ・ヤガー」役を演じている。

映画「火、水と…銅管」、1967年

 コシチェイの役は20以上の映画で取り上げられている。中でももっとも新しいのは、三部作『ベロゴリア戦記』である。この作品でコシチェイ役を演じているのは、コンスタンチン・ラヴロネンコ。別の映画でもたびたび悪人役を演じている俳優である。監督は、この作品でコシチェイを、狡猾ではあるものの、さらに大いなる悪と戦う善良な人々を助けるという設定にしている。

映画「ベロゴリア戦記」、2017年

 2022年、ロシアのアニメ『コシチェイ。花嫁誘拐者』が公開された。このアニメ映画で、ずるい魔法使いは数百年にわたって花嫁を探し続けている。

アニメ「コシチェイ。花嫁誘拐者」

 コシチェイは、イギリスBBCの人気ドラマ『ドクター・フー』にも登場している。闇の悪人で主人公ドクターの敵であるマスターの本当の名前がコシチェイ(Koschei)というのである。この人物は時間の支配者であり、死んだと思っても何度も何度も生き返っては、現れる。

マスター役のエリク・ロバーツ、ドラマ「ドクター・フー」、1996年

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