現代ロシア・ラップに西側のものと異なる特殊なところがあるとすれば、それは詩の内容だろう。ロシアのラップには、一般的なラップではよく歌われるような、カッコいい車、目も眩むような美女、ギャングの悪事などはほとんど出てこない。
ロシアのラップの詩は驚くべきことに、そのほとんどが、人生の意味、愛情や憎悪の意味や影響、男女関係、ソ連崩壊後の社会で育った厳しい現実に関するものである。モルゲンシュテルン(ここのリストでは最後に紹介する)は、例外的に、お金や富、暴力をテーマにしているが、ほとんどのロシアのラッパーは自分のことについて歌っている。だから彼らが歌う詩は多くのロシア・ラップのファンの心に刺さるのである。
ロシアでは、ラップやヒップホップは、人生を真面目に考え、できるだけよくしようと考えている人たちのものである。ロシアにおいてヒップホップをよく聴くファン層は、他の国々同様にティーンエイジャーであるが、彼らは、人生を価値のあるものにしたいと真剣に考えている。おそらく、だからここで最初に紹介するOxxxymironがとても人気がある。彼の詩は、明らかに知的で、文学や歴史について多く語っている。ちなみに彼はオックスフォード大学を卒業している。
Oxxxymiron: 残酷な奇跡
ミロン・フョードロフは、「Oxxxymiron」という愛称でよく知られている。それまでは、伝統的ラップの影響を受けていたロシアのヒップホップに垢臭さを持ち込んだことで知られる。Oxxxymironは幼少時代とティーンエージの大半をヨーロッパで過ごし、ドイツで学んだ後、両親とイギリスに移り住んだ。オックスフォード大学で中世イギリス文学を修め卒業したが、ラップはロシア語で歌っている。彼のラップのスタイルはテンポの速さが特徴で、ロシアで最高のフリースタイル・ラッパーのひとりが彼である。
Kasta:ロシアでもっとも影響力のあるヒップホップ・グループ
「Kasta」(≂カースト)は、疑いもなくロシアでもっとも影響力のある(また長く活動している)ヒップホップ・グループである。1990年代にアングラのヒップホップ文化が盛んなロストフ・ナ・ドヌーで結成され、4人のMC(ヴラディ、シム、ハミル、ズメイ)から成る。Kastaの音楽はニューヨークのラップ、特にウータン・クランの影響を大きく受けている。
バスタ:ロシアでもっとも有名なヒップホップ・プロデューサー
ワシリー・ヴァクレンコは「バスタ」(「The End」というような意味)として知られるおそらくロシアでもっとも影響のあるヒップホップのプロデューサーで、「Kasta」の前プロデューサーである。そして彼は「Gazgolder」レーベルの共同オーナーだけでなく他のベンチャー企業や会社も所有する。バスタはいろいろな異なる名前で音楽をプロデュースしており、国営TV局で様々な才能を発掘する番組の審査員として活躍している。
Noize MC:たたき上げのラッパー
「Noize MC」の異名をもつイワン・アレクセイエフはロシア・ラップ界では「たたき上げの奇跡」として有名だ。2000年代にロシア国立人文大学で学んでいた時、大学の寮でフリースタイル・ラップを始め、コアなファンを次第に増やし、そのコアファンらがモスクワでのストリート・パフォーマンスを応援してくれるようになった。そのため、Noize MCが最初のレコード契約を結んだときにはすでにロシアのラップ・シーンではよく知られた存在になっていた。その後、Noize MCは広範囲なツアーを決行し、ロシアで人気のライブパフォーマンス・ラッパーの1人になっていった。
モルゲンシュテルン:ロシア・ヒップホップ界のアンファン・テリブル(恐るべき子供)
モルゲンシュテルンとして知られるアリシャー・ワレエフは、バシコルトスタン共和国ウファの路上からスタートし、苦労してここまで来た現代のヒップホップ・シーンでもっともスキャンダラスな存在である。それは彼が詩の中で取り上げる内容が、残酷でぎりぎりなものである(時には犯罪的ですらある)ためだ。モルゲンシュテルンは贅沢で暴力的な生活をあけすけに語るため、世間やロシア当局からさえ繰り返し糾弾されてきた。それでも彼は現代ロシアのティーンエイジャーの間でもっとも人気のあるラッパーである。