ソ連時代、バレエはエリート芸術から大衆芸術となった。バレエはテレビでも放映され、しかもバレエどころではない時代にも楽しむことができたのである。もっとも有名なのは、1991年8月、ペレストロイカの時代に起きたクーデターの際に、「白鳥の湖」が放映されていたということである。
ソ連の人々は皆、バレエを愛し、「白鳥の湖」を見て涙した。バレエはその素晴らしい装飾や鮮やかで複雑な作りの衣装、そして高い技術で人々を驚かせた。またバレエは国外に誇る主要な「輸出品」の一つであり、一種の名刺がわりのものとなった。そこでバレエ劇団はどんな劇団よりも多く、「鉄のカーテン」の向こう側に公演を行った。またソ連国内の多くの地域にオペラ・バレエ劇場が作られた。
有名なバレリーナになり、バレエ学校に入ることは多くの女の子たちの夢となった。しかし、バレエ学校に入るには厳しい条件をクリアしなければならなかった。そんなわけで、ソ連のバレリーナたちは、卓越した技術を誇る伝説的存在となったのである。一方、ソ連の振付師によって作られた作品は今でもロシアの主要な劇場で上演されている。