凄惨なレニングラード包囲を描いた絵画15選(写真特集)

 これらの絵には人類史上最も長く凄惨だった包囲戦の様子が如実に描き出されている。

 1941年9月8日、ドイツ軍がシュリッセリブルクを攻略し、陸からレニングラードを包囲した。ソ連第二の都市とソ連本土を結ぶ唯一の糸は、「命の道」として知られることになるラドガ湖上のルートだった。

 ドイツ・フィンランド・スペイン・イタリア連合軍に872日間包囲されたレニングラードは、必死に耐え抜こうとした。65万~150万人の市民が寒さと砲撃、空爆、そして特に飢えで亡くなった。

 レニングラードを本土とつなぐ地上の補給路が奪還されたのは、1943年1月のイスクラ作戦でソビエト軍がシュリッセリブルクを解放した時だった。翌年赤軍はクラスノエ・セロー=ロプシャ作戦(「一月の雷作戦」)を開始し、敵をレニングラードから100キロメートル離れたところまで押し返した。こうしてついに872日の封鎖に終止符が打たれた。

B・ウガロフ、『レニングラード市民』(1941年)
V・クチュモフ、『マルスの広場』(1942年)
イリヤ・グラズノフ、『幼少期の記憶。レニングラード封鎖』
V・クチュモフ、『冬宮付近のネヴァ河岸通り』(1942年)
P・ベロウソフ、『封鎖の日記より』
K・ルダコフ、『母。封鎖』
S・ボイム、『ラドガ:命の道』(1949年)
N・ツィツィン、『封鎖のパン』
イリヤ・グラズノフ、『飢え』
L・クリヴィツキー、『封鎖。レニングラードが語る』
S・ボイム、『巡洋艦キーロフが砲撃する』
Yu・ネプリンツェフ、『封鎖』(1943年)
アレクサンドル・ハルシャク、『なぜ』
V・セローフ、I・セレブリャヌイ、A・カザンツェフ、『封鎖の決壊』(1943年)
A・パホモフ、『1944年1月27日の祝砲』

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