ソビエト時代に破壊されたモスクワの10の教会

Legon media; Nikolai Naidenov
 ソビエト時代に取り壊されたモスクワの救世主ハリストス大聖堂は1990年代に再建された。しかし、ソ連時代に「不可逆的に失われた」教会は数百堂に上る。いくつかをご紹介しよう。

 ソビエト政権は攻撃的な反宗教運動を行い、ロシア内戦が終わると、全国の教会の大規模な取り壊しが始まった。1920年代の「第1波」の後、モスクワでは1930年代にも「第2波」が訪れた。ヨシフ・スターリンがモスクワ総再開発計画に署名したためだ(難を逃れた教会に対してソビエト政権が行ったことについて、詳しくはこちら)。さまざまな時代に建てられた、モスクワの興味深い宗教建築を振り返ろう。

 

1. 聖エヴプル教会

 初期キリスト教の聖人エヴプルに捧げられた教会は、18世紀半ばにミャスニツカヤ通りに建てられた。この教会は、1812年にナポレオン軍がモスクワに入った時でさえ礼拝をやめなかったことで知られる。

 トラスト宮殿を作るという名目で「第1波」の最中の1926年に取り壊された。トラスト宮殿は、聖ハリストス大聖堂の跡地に建てられる予定だったソビエト宮殿と同じく、結局建てられなかった。現在、教会の跡地には高等経済学院の建物の一つが立っている。

 

2. ポクロフカの至聖生神女就寝教会 

 バロック様式の並外れた美しさを持つ透かし模様の教会は1696年から1699年に建てられた。フョードル・ドストエフスキーが気に入っていた寺院で、有名なアカデミー会員ドミトリー・リハチョフはこれを「紅白の透かし模様の固まった雲」と呼んだ。

 モスクワ当局は、ポクロフカ通りの車道部分を拡張するため、多数の建築家や修復家の抗議にもかかわらず、1936年にこのロシア建築の記念碑を撤去することを決めた。現在、この場所にはレストランがある。

 

3. ストルプィの奇蹟者聖ニコライ教会

 モスクワ最古の石造寺院の一つは1669年にアルミャンスキー横町に建てられた。尖塔形の鐘楼と複層的な円形の庇は17世紀建築の特徴をよく示している。

 寺院は1938年に解体されたが、建築家らは装飾の一部を保存することに成功した。現在では、取り壊された他の教会の断片とともに、ドンスコイ大聖堂の壁に埋め込まれている。教会があった場所には今は教育大学が立っている。

 

4. ポヴァルスカヤの聖ボリスとグレブ教会 

 この教会は古典主義様式で19世紀初めに建てられた。モスクワの正教会建築には珍しく、ロトンダとポルティコがあった。学者らは、この石造教会は、皇帝ボリス・ゴドゥノフの命で17世紀に建てられた木造教会の跡地に立っていたと考えている。

 寺院は1930年代半ばに取り壊され、その跡地に1946年にグネーシナ姉妹記念ロシア音アカデミーの建物の一つが建てられた。

 

5. ミャスニツキエ門前の聖フロールとラヴル教会 

 この石造教会は、皇室御用達の肉屋が住んでいたミャスニツカヤ村に17世紀に建てられた。ところで、この教会はアポリナリー・ヴァスネツォフの絵画『17世紀のベールイ・ゴロドのミャスニツキエ門の前』にも描かれている。絵は1926年に描かれたものだが、画家にはこの教会が馴染みだったわけだ。

 1930年代、寺院はメトロストロイ社に引き渡されて解体され、地下鉄のチストィエ・プルドィ駅の入口の一つが建てられた。

 

6. ニージニエ・サドーヴニキの聖コスマとダミアン教会

 モスクワ川沿岸のニージニエ・サドーヴニキ地区には皇帝の広大な庭を管理した庭師が住んでいた。1657年、ここに彫刻装飾が施された教会が建てられ、後に鐘楼も増築された。

 1920年代、この寺院は略奪に遭い、教会の什器備品と貴重なイコンの金属の装飾が持ち出された。そして1938年に解体された。現在、跡地には住宅が立っている。

 

7. アレクサンドル・ネフスキー大聖堂

 街の中心部の北にあるミウスカヤ広場にあったこの大聖堂は、モスクワで救世主ハリストス大聖堂に次いで大きなものだった。その建設は1910年代に始まったが、第一次世界大戦とそれに続く革命の影響で竣工しなかった。

 ソビエト政権は、この建物を火葬場にするか、解体してレンガを再利用するつもりだったが、1950年代までは放置されていた。結局解体され、現在跡地にはソ連の作家アレクサンドル・ファデーエフの像が立っている。

 

8. ヤキマンカの聖ピョートルとパーヴェル教会 

 モスクワの中心部にあるこの背の低い教会は1651年に建てられたが、後に何度か再建された。1812年にはナポレオン軍がこの教会を厩舎に変えてしまった。後にこの場所にロシア様式の食堂と鐘楼が建てられた。

 1920年代、教会はバプテスト派の手に渡り、その後何度か再建されて住宅にされた。現存する教会の壁は、今ではボリシャヤ・ヤキマンカ31/18の住宅の一部になっている。

 

9. 「濡れた」ニコラ教会 

 この赤レンガの教会は、クレムリン付近の歴史地区ザリャジエに1625年に建てられたと推定されている。1802年、寺院はゴシック様式で再建された。

 20世紀だけでも、ザリャジエは何度も再開発されて様変わりした。1932年にはこの教会が取り壊され、重工業人民委員部の巨大な建物が建てれられることになった(このプロジェクトについて、詳しくはこちら)。しかしスターリンの死後、建設途中の建物が撤去されることになり、巨大なホテル「ロシア」ができた。2006年にこのホテルも解体され、現在では新しい公園「ザリャジエ」に生まれ変わっている。

 

10. ルター派の聖ミハイル教会 

 ルター派のドイツ人共同体がモスクワに現れたのは16世紀のことで、この古いルター派教会は1764年に建てられた。教会内には最後まで建立当初の祭壇とオルガンが置かれていた。

 1925年、隣接する航空大学が、敷地を広げるため寺院の取り壊しを要求した。教区信徒の巨大な共同体の猛抗議にもかかわらず、1928年に当局は取り壊しの許可を出した。

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