赤の広場で開かれた日本のファッションショー:山本寛斎のスーパーショー

カルチャー
ロシア・ビヨンド
 1993年、日本のデザイナー、山本寛斎は赤の広場でファッションショーを開催する許可を得た数少ない外国人の1人となり、スーパーショー「ハロー!ロシア」を開いた。

 またロシアは、山本寛斎が日本の伝統文化を取り入れたスーパーショーを行った最初の外国ともなった。

 赤の広場から延びるワシリエフスキー坂は大規模なコンサートやイベントの会場として人気がある。このショーには12万人の観客が訪れた 

 山本寛斎氏によれば、このイベントの主要な目的は、ロシアとの文化交流を発展させることであった。「商業ベースではなく、交流が目的なので、日本からは最小限のスタッフしか行かない。現地の人たちを巻き込んで、ファッションという軸はあるんだけど、ほかにはない、私にしか、私とその国の人々にしかできないスーパーショーを開催しようというものなんですね」。

 ロシアの専門家とともに練られたプログラムには、若いサムライの馬に跨ってのたいまつ行進、花火、和太鼓のリズムに合わせた着物姿の子どもたちの踊りなどが含まれていた。和太鼓の演奏のために14㍍もの塔が建てられた 

 中央のステージには「ロシアとその民族」をテーマにした山本寛斎の6つの新作コレクションが展示された。「イコン(聖像画)」、「十字架」などのテーマでは、大天使や使徒が正教のシンボルが要素として使われ、磔刑図がジャンパーやベストの背中に描かれた。

 山本寛斎は、「大好きな国で、大好きな人々を前に、自分のコレクションを紹介することができてとても嬉しかった」と打ち明けている。また「ロシアはまるでスピードを上げる自動車のようだ。国がそのテンポを早めているということは、生活水準が向上しつつあることを明確に示しているということだ」と当時に指摘した

「ロシア・ビヨンド」がLineで登場!是非ご購読ください!