シェイクスピア劇にロシアとロシア人は出てくるか?

Getty Images、ロシア・ビヨンド、トレチャコフ美術館
 ロシア人は、シェイクスピアを熱愛しているが、彼の戯曲にロシアとロシア人が出てくることを知っている者はほとんどいない。

 1748年にアレクサンドル・スマローコフが『ハムレット』を露訳して以来、ロシアの知識人は、ウィリアム・シェイクスピアの作品を熱愛してきた。 

 イギリスの偉大な劇作家の戯曲とソネットは、ロシアにすっかり根付いており、ロシア文化に不滅の痕跡を残している。

 シェイクスピアは、アレクサンドル・プーシキン、アントン・チェーホフ、ボリス・パステルナークをはじめ、数々の詩人・作家をインスパイアしてきた。

 1970年代にモスクワっ子が、シンガーソングライター・俳優のウラジーミル・ヴィソツキー演じる『ハムレット』のチケットを手に入れるのは、途方もなく難しかったものだ。

ウラジーミル・ヴィソツキーが演じるハムレット役

 最近では、2016年にモスクワ地下鉄の車両が、シェイクスピア劇の登場人物の引用やイメージで飾られたことがある。

 このように、ロシア人は、シェイクスピア作品が大好きなのだが、劇中でロシアとロシア人が言及されていることに気づいている人はまずいない。

 『冬物語』で、美しく貞節なシチリア女王、ハーマイオニが、夫のリオンティーズ(シチリア王)から、密通の疑いをかけられて、姦淫と大逆罪で告発されたとき、こう抗弁する。 

ああ、ロシア皇帝であった私の父が

まだ生きていらして、このように娘が裁判されるのを

ごらんになったとしたら、きっと父は、みじめな私を

あわれみの目で見たことでしょう。

復讐の目ではなく!

『冬物語』のシーン

 1610年に書かれた劇でロシア皇帝が言及されるとは!これは、シェイクスピア作品の研究者たちを困惑させた。

 「ハーマイオニは、シェイクスピア唯一のロシア人キャラクターのようだ。たぶん、そのせいで彼女は、他の多くのヒロインよりも、シビアな素材で構成されている」。J.M.ドレイパーは、「The Slavonic and East European Review」(1954年12月)に書いた論文で、こう述べている

 「彼女は、冗談半分だが、ポリクシニーズを捕えよと言った(*ポリクシニーズはボヘミア王で、王の幼馴染だ。王妃は、彼との密通を疑われた)。

 牢獄に送られるときも、彼女は、周囲の者といっしょに泣いたり喚いたりせず、不名誉に甘んずるよりは死を望む「偉大な帝王の娘として、潔白を訴える」。

 しかしこの論者は、いかにも「モスクワ大公国」の王族らしい特徴は彼女には見当たらないと付け加えている。

 「Shakespeare Quarterly」誌の1995年秋号で、ダリル・パーマーはこう書いている。「シェイクスピアは、ロシアの君主に触れることで、『ある記号体系から別の体系へと』、一瞬の間だけだがしっかりと移行するように観客を促している。つまり、イギリスの王権からロシアのそれの世界にスライドさせるのだ」

クマとセーブル(クロテン)

 シェイクスピアのロシアへの言及は、人間を超えて、ロシアの象徴である二種類の動物、クマとクロテンにまで及ぶ。デンマークの王子、ハムレットは、オフィーリアにこう語る。

そんなになるか?それでは喪服は悪魔に返し、同じ黒でも貂の毛皮ぐらい着なければな。

 『ハムレット』はデンマークが舞台だが、クロテンの毛皮は、水路を通ってロシアから英国に持ち込まれていた。

 『マクベス』と『ヘンリー五世』にも、ロシアのクマについての言及がある。第3幕で、オルレアン公がクマについて触れている。彼が、フランス貴族、ランブレに語る場面だ。

馬鹿な犬どもさ!やつらは、ロシアの熊の口の中に突進し、

腐った林檎さながらに頭蓋骨を砕かれるのだ。

まあ、勇敢だとは言えようが、蚤にすぎぬ。

わざわざ獅子の唇の上で朝飯を食う蚤のようなものさ。

オーストリア俳優オスカー・ウェルナーが演じるヘンリー五世役

 イングランド人は勇敢であり、その猟犬は「比類なき勇気」を発揮すると聞かされて、オルレアン公はこう言い放った。

 一方、マクベスは、自分が刺客を放って殺したバンクォーの亡霊が現れたときに、ロシアのクマについて話す。 

おれも男だ、やるぞ。

お前は迫ってくる、毛むくじゃらのロシアの熊のように、

あるいは角の生えたサイまたハケイニアの虎のように、

バンクォーの亡霊以外ならどんな姿でもやって来い、おれの神経は

決してびくつかないぞ。

ロシア人に扮する 

 『恋の骨折り損』では、ナヴァール国王とその3人の親友、ビローン、デュメイン、ロンガヴィルは、モスクワ大公国その他のロシア人に変装している。

 この4人は、3年間、女性にも会わずに学問に打ち込む誓いを立てたのだが、王国を訪れたフランス王女と3人の侍女たちに一目惚れしてしまい、彼女らを口説くために変装した次第だ。

 王女は、お付きのボイエットから、男たちの企みについて聞く。そして、王女と侍女たちは、自分たちも変装して、男たちをからかうことにする。

 このコミカルなシーンの後で、ナヴァール王らが本来の姿で再登場するが、王女たちは彼らをからかい続ける。王が、フランス王女にはまだ会っていないし、訪問も受けていないと言うと、王女は、「ロシア人のドタバタ」を見たばかりだとあてこする。彼女はさらに彼らを、「行いすました色男で、もったいぶりながら、やたらと口説いた」と言って、当てこする。

 王女の次女ロザラインは、さらにその上をいく。

妃殿下、本当のことをお話しなさいませ。陛下、実はそうではございません。

妃殿下は、非難せねばならぬところを、

礼儀ゆえにお褒めになろうとしたのです。

ええ、私たちの前に、四人のロシア人が現れて、

ロシア式に丸一時間もべらべらしゃべりましたが、

まあ、その退屈なこと。そんなにしゃべっても、

気の利いたことを一言も言えないんですもの。

この連中を馬鹿呼ばわりするのは気が引けますけど、

一杯やりたいと思えば、後先のことを考えずに飲みまくる手合いでしょうね。

『恋の骨折り損』の演劇

 女性たちは、変装にはだまされなかったと明かし、王は、この上コケにされないために、ロシア人に扮していたと白状する。

 王たちが着たロシア人風の衣装は、エリザベス朝時代の英国の観客には滑稽に見えたようだ。J.M.ドレイパーによると、「シェイクスピアは、ロンドンで目にしたロシアの外交官や商人の服装から、そのイメージを得た」

 「当時、西欧で流行していた手の込んだスタイルの衣装から見ると、確かに、その外国の長いマントやカフタン(裾長の外套)は『不格好』に思われた。衣装の一部がわざわざ王室から借り出されたと言われても、ピンと来なかった」

 また、「ロシア人の習慣」やその行動様式についてのコメントは、シェイクスピアが当時ロンドンで、自分で見たか、人から伝え聞いた、外交官や商人の言動に基づいていたようだ。

 『尺には尺を』など、他のいくつかのシェイクスピア劇にも、ロシアへの言及が多少ある。ペルシャやインドと同じく、ロシアは、エリザベス朝の英国にとっては、謎に満ちたエキゾチックな国だとみなされていた。

 英国以外を旅しなかったシェイクスピアは、このころ流布していた知識と文学に頼っていた。当時、英国人は、数世紀後にライバルとなる国について、ほとんど何も知らなかった。

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