タルコフスキーの盟友で、ソ連出身の監督として初めてハリウッドに進出したアンドレイ・コンチャロフスキーが今年、ベネチア映画祭に新作「親愛なる同志たち!」を出品する。作品は、1962年にノヴォチェルカスクで発生した労働者のデモ隊への発砲事件という歴史的事実を描いたもの。なお、映画祭の開催を前に、現代ロシアの主要な監督の一人であるアンドレイ・コンチャロフスキーの作品の中から特にお勧めの映画を紹介する。
1.「愛していたが結婚しなかったアーシャ」(1967年)
この作品は公開まで20年間もお蔵入りしたままであった。コルホーズの賄い婦であるアーシャとトラック運転手のステパンとの恋物語は反ソ連的なものとみなされたのである。というのも、ソ連の検閲では不幸なものが認められなかったからだ。彼女が愛されなくても、言い寄ってくる他の男性たちには自分は正直者だからと言って誘いを断るアーシャはまさに不幸以外の何者でもなかったのである。
しかしながら、映画は高い評価を受けた。1989年、コンチャロフスキーはこの作品でロシアの映画賞「ニカ賞」で、最優秀監督賞を受賞している。
一見、平凡に感じられる、当時の社会主義ロマンティシズムの雰囲気の中で描かれるコルホーズで働く女性と運転手の恋というテーマは、実はそのまったく正反対のものであった。当時、フランスのヌーヴェルバーグの影響を受けていたコンチャロフスキー監督は、装飾の範囲を超え、完全に本当の話であるかのように、ドキュメンタリー的な素材を大々的に取り入れながら架空のドラマを描こうとしたのである。そのために彼は地元の住民に働きかけ、主人公の女優を本物の農家の家に住まわせ、「小道具」として、1世紀にわたってその家に住んでいたクリャチン一家のファミリー・ヒストリーを彼女に与えたのである。これは、コンチャロフスキー監督がその後も一度ならず、使うことになる手法である。
その結果、驚くほどに真実味のある物語が作り上げられ、観客たちの評価によれば、それにより現実が芸術になり、ヒロインの愛についての告白が心の痛みを呼び起こし、胸を締め付けるのである。
2.「ワーニャ伯父さん」 (1970年)
アントン・チェーホフの有名な戯曲をモチーフにした映画で、サン・セバスチャン国際映画祭、ソレントでのソ連映画祭、ミラノ国際映画祭などで賞に輝き、コンチャロフスキー監督が国際的に認められることになった最初の作品である。ウッディ・アレン監督は後に、この映画について、「これまでにわたしが観たワーニャ伯父さんの中でも最高の作品である」とコメントしている。
物語は田舎を舞台に展開される。2人のロシア人インテリゲンツィア、ワーニャ伯父さんとその甥は、人里離れた領地で、倦怠的で無為に過ぎていく生活に次第に押しつぶされそうになっている。そんな変化のない生活を送る2人の元に、親戚である大学教授が若い妻を連れてやってくるが、それによって状況はさらに悪化していく・・・。
チェーホフのメランコリーがコンチャロフスキー監督の手によって、スクリーンに収められた一作。領地の埃っぽい暗い色調のインテリアが作り出す雰囲気そのものが、そこに閉じ込められた主人公たちの気分を表している。
コンチャロフスキー監督は、「ワーニャ伯父さんを撮った後、わたしはどんな限られた空間―たとえエレベーターの中でも、映画を撮影することができると悟りました。人間の心の果てしなさを分析するにはエレベーターでさえも十分な広さなのです」と話している。
3.「愚者たちの家」 (2002年)
ベネチア映画祭で審査員特別賞を受賞、オスカーにもロシア代表作品として出品された。しかし長きにわたり、厳しく、作品は周囲の状況に左右されているとして批判された。
第一次チェチェン紛争の最中、イングーシの精神病院が戦闘の中心となっていたが、チェチェン軍の攻撃を恐れた医師らが全員逃亡し、残された患者たちはある種の独立共和国を組織する。
コンチャロフスキーはテレビのニュースを見て(このとき、ロシアでは第二次チェチェン紛争が勃発していた)、このストーリーを思いついたとのこと。しかし、ストーリーは国内では物議を醸した。その大きな理由は、チェチェンの人々も残忍な殺人犯ではなく、平和を望む普通の人々なのだという、当時、国営放送では一般的でなかった描かれ方をしていたからである。コンチャロフスキー監督はこの作品の中で戦争の狂気を訴えているが、作品は西側の基準ではかなり政治的かつ平和主義的なものとされている。
4.「白夜と配達人」 (2014年)
世界から隔絶されたかのようにひっそりと佇む湖畔の小さな集落と、そこでほぼ文明から切り離されて生活する住人たち。そんな彼らと外界とを唯一つないでいるのが、配達人のアレクセイ・トリャピツィン(実際の配達人がキャストされている)。彼は郵便局から手紙や年金、新聞を受け取り、ボートで湖を渡って、住人たちにそれを届ける。
現代のロシア映画には例を見ない画期的な作品は真の傑作となり、ベネツィア国際映画祭で最優秀監督賞を受賞、アカデミー賞出品を競った。
映画はアルハンゲリスク州(モスクワの北1,000キロメートル)に実在する集落で、実際にそこに暮らす住人たちをキャストとして、シナリオもなく、小規模なロケチームによって撮影されたが、大自然の圧倒的な美しさと、過去への時間旅行、そして滅びゆくコミュニティの哀感と痛みを映しだす壮大な傑作となっている。
映画評論家のボリス・ニェレパ氏はこの映画について、「自分自身、そして普段は都会の存在によって隠されている巨大な人生と向き合うことになった人々をテーマにしたものだ」と書いている。
5.「天国」 (2016年)
貴族出身で移民のオリガはユダヤ人の子どもを匿った罪でナチス・ドイツに逮捕される。オリガは収容所に送られるが、そこでかつて彼女を愛したナチス親衛隊の将校と再会する。2人はただならぬ関係となり、やがて逃亡を企てる。しかし、2人が長く夢見た天国は、地獄を見た後にその姿と意味を変えていく。
映画の主題は、ナチスのユダヤ人収容所、虐待者とその被害者というこれまでに繰り返し扱われてきたテーマであるものの、作品は高い評価を受け、コンチャロフスキーの新たな傑作の一つとなった。作品はベネチア映画祭でアカデミー賞のショートリストに含められた。コンチャロフスキー監督は「撮影の間、ごく普通の人々も周りの皆がやっていれば、その恐ろしい犯罪に手を染めるようになるということについて考えていました。善いことをしているのだと心から信じながら、悪事を行っているのです」と語っている。