18世紀と19世紀のクレムリン:当時の外観をリアルな画像で再現

Moscow Kremlin
 いや、これは間違いではない。ロシアのデザイナーたちが、1700年と1800年のモスクワのクレムリンの外観を細心の注意を払って再現したものだ。おかげで我々は、我々の祖先が目にしていたものを見ることができる。

 プロジェクト「モスクワのクレムリン:画像による再現」は、ロシアの歴史家、ITエンジニア、デザイナーらによって推進されてきた。モスクワのクレムリンに関する過去の記述や絵画などを使って、彼らは詳細な写真画像を作成。それは、かつてのクレムリンについて知られているすべての特色を捉えている。

1700年

1. ボリショイカーメンヌイ橋(「大きな石の橋」という意味)からの眺め。白い建物は、リューリク朝滅亡後にツァーリとなったボリス・ゴドゥノフの貯蔵庫で、1770年代にエカテリーナ2世の命令で解体された。

2. スパスカヤ塔の時計。この「古い時計」は、17世紀前半に、スコットランドの技師、クリストファー・ギャロウェイにより製作された。彼は、時計の仕掛けを収容するために、塔にテント風の屋根付きの場所を設けることを提案した。こうして、外観を統一するために、テント風の屋根が、クレムリンの塔すべてに現れることになった。この古い時計は、1701年に新しいものに取り替えられた。

3. スパスカヤ塔の入り口。塔の近くに小さな市場が見られる。ピョートル大帝(1672~1725)の時代以前には、市場や店が赤の広場を占めていた。

4. このボリショイカーメンヌイ橋は、ストラスブール出身の技師ヤゴン・クリストレル(Jagon Kristler)のプロジェクトに基づき、17世紀末に完成した。それは「全聖人橋」とも呼ばれ、当時としては極めて高額な工事とされていた。幅22メートル、長さ170メートルあり、橋の上には、国の建物、旅館、貴族の家もあった。この古い橋は19世紀半ばに解体され、新しいものに取り替えられた。

1800

1. 生神女福音(受胎告知)聖堂 

2. イワノフスカヤ広場とチュードフ修道院(1932年に解体) 

3. 対岸から見たクレムリン。17世紀後半から、モスクワのクレムリンの壁や塔は、白く塗られていた。

4. 主の顕栄(主の変容)聖堂(写真の下方)。これはモスクワで最も古い教会の一つだったが、1933年に解体された。後方の赤い建物は、テレムノイ宮殿(現存)。

5. スパスカヤ塔とナバトナヤ塔。

6. トヴェルスカヤ通りから見たクレムリン。右側には、水で満たされたクレムリンの堀と、キタイ・ゴロド地区の城壁の一部が見える。

7. クレムリンと赤の広場のパノラマ。木造2階建てのアーケード(商店街)(19世紀後半に解体。

 

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