バレエ「ヌレエフ」の世界初演をめぐっては、今夏、大スキャンダルとなり、「お蔵入り」の危機にさらされたが、ついにその待望の初舞台が実現した。ボリショイ劇場は、2回の上演のチケットを、一人につき2枚以下に数を限り、しかもパスポート呈示を条件として発売。
劇場は二晩とも、ロシアのセレブリティでいっぱいになり、3階席にも姿が見えるほどだった。次の舞台は、2018年6月までお預けなので、今からチケットの心配をしておいたほうがよさそうだ。その理由は次の通り。
「バレエ・リュス」を主宰した大興行師セルゲイ・ディアギレフの新機軸が、20世紀を通じてスタンダードとなり、世界のバレエ界を支配してきた。それは、一幕物で、はっきりした筋を持たなかったのだが、そういう状況が、ロシアの有名な振付師アレクセイ・ラトマンスキーのおかげで、変わり始めた。観客は再び、大スペクタクル、効果的な舞台美術、強烈なパトスに引きつけられている。ボリショイ劇場は、そうしたジャンルの復活に着手したパイオニアの一つだった。
最近、この劇場では、次のような演目が上演されている。ラトマンスキーによる「失われた幻想」と「パリの炎」、ユーリー・ポソホフによる「シンデレラ」と「現代の英雄」、ジャン=クリストフ・マイヨーによる「じゃじゃ馬ならし」。これらは世界的に大きな反響を呼んだ。「ヌレエフ」はこうした発展を推し進めようとする新たな一歩だった。
不世出のダンサー、ルドルフ・ヌレエフ(1938~1993)に捧げられた、このバレエは、振付師ユーリ・ポソホフの提案になるもの。ポソホフにとってヌレエフの存在は極めて大きかった。バレエの概念を覆したこのダンサーは、1961年に、海外公演のさなかに亡命したため、祖国のソ連では呪われた存在となってしまい、彼についての言及がある新聞その他の出版物は、図書館から撤去され、彼の舞台のテレビ録画は消去されてしまった。
にもかかわらず、ボリショイのダンサーたちは――ポソホフも若い頃そこに所属していたのだが――、プロの間に伝わる話から、その名を知っていた。そして彼らは、海外公演に行ったとき、この伝説的ダンサーのオーラに触れることになる。当時は、「ルディマニア(ルドルフ・マニア)」という言葉もあったほどだ。
しかし、ヌレエフはその経歴からいって、ペテルブルク派だった。彼は、名門、ワガノワ・バレエ・アカデミーに学び、キーロフ・バレエ(現マリインスキー・バレエ)で踊っており、ついにボリショイ劇場では踊らずじまいだった。世界的に有名な劇場で彼が出演しなかったのは、ここだけだ。だから、バレエ「ヌレエフ」は、彼の経歴のこの空白をシンボリックに埋めるものとなる。
ロシアでは1930年代から、大がかりな筋のバレエの舞台づくりに、振付師と組んで仕事をするように、演出家や映画監督が招かれることがある。後者は、台本を練り上げ、キャラクターをつくり上げて、ダンサーとともに俳優的な役作りをする。
ポソフとセレブレンニコフの二人三脚が生まれたのは数年前で、ボリショイ劇場での「現代の英雄」上演の準備に際してだった。セレブレンニコフは、ロシアで最も引っ張りだこの演出家の一人で、歌劇場での経験も豊富だ。例えば、ヴァイオリニスト・指揮者、ウラジーミル・スピヴァコフの音楽祭のために、オネゲルのオラトリオ「火刑台上のジャンヌダルク」を、シュトゥットガルト州立歌劇場で「ヘンゼルとグレーテル」を、それぞれ上演している。
セレブレンニコフとポソフは、まったく新しい形の劇を創造した。バレエ「ヌレエフ」の観客の多くは、実際のヌレエフを知っているか、舞台で目にしたことがあるわけだが、このバレエは、ドキュメンタリーの形式で上演された。というのは、ダンサーが亡くなって数ヶ月後にオークションが開かれているのだが、その現実の状況を踏まえた形で演出がなされているのだ。
踊りには、音楽だけでなく、テキストの朗読もともなう。舞踊が合唱と融け合うこともあれば、 競売人の声や、様々な人からのヌレエフへ手紙の朗読が、踊りと融合することもある。
この劇には数百人の出演者がおり、幕が下りた後の彼らのカーテンコールだけで約4分もかかる。
このバレエには、ヌレエフと親しかった人たちが彼宛てに書いた手紙も組み込まれている。これらの手紙は、演出家たちの依頼で、現在書かれたものだ。で、例えば、ヌレエフのレニングラード(現サンクトペテルブルク)時代にデュオを組んでいたアーラ・オシペンコとか、バレエ学校の同級生、ナタリア・マカロワとか、彼が自分の次世代から世界的ダンサーに引き上げた、シャルル・ジュドとローラン・イレールの言葉とかが、舞台に響くわけだ。こういう朗読は、2つのシーンにあり、いずれのシーンも「手紙」と名付けられている。
この2つのシーンは、それぞれ女性と男性によるソロで、本質的に独立した一幕のバレエとなっている。だから、この劇全体の一部に組み込むこともできるし、単独で上演することも可能だ。
いずれも、ユーリー・ポソホフ最高の振付のうちに数えられる。「グラン・ガラ」のシーンも彼の傑作の一つで、そこでヌレエフは、様々な姿で、いろんな劇場で、いろんな弟子たちと登場する。
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