ルドルフ・ヌレエフ、ニュー・ヨーク、1978年=
APボリショイ劇場はこの演目を完璧に仕上げるため、準備に費用をおしまず、有名な監督キリル・セレブレンニコフを招いて優れた振付師ユーリー・ポソホフを引き入れていた。音楽もイリヤ・デムツキーが特別に作曲していた。この3人は2015年、ボリショイ劇場でバレエ「現代の英雄」を大成功させていた。
ボリショイ劇場のウラジーミル・ウリン総支配人は、ヌレエフのバレエの初演を今月11日ではなく、2018年5月4~5日に延期したことを明らかにした。公演の中止が発表されたのは初演の3日前。このような事態はボリショイ劇場では数十年ぶりのことである。
今月10日、ウリン総支配人は記者会見を開き、政府からのプレッシャーはなかったと話した。ウラジーミル・メディンスキー連邦文化相に呼ばれ、記者の質問にどう対応するかを聞かれたことは認めた。
記者会見の後、タス通信は、メディンスキー文化相の個人的な命令で公演が延期になったとする、消息筋の話を伝えた。「文化省は、非伝統的な性的価値観のプロパガンダのように見える公演に不満を表明していた」
ボリショイ劇場のウラジーミル・ウリン総支配人(右)、ボリショイ・バレエのマハール・ワジーエフ芸術監督(左)、2017年7月10日の記者会見にて=AP
文化省はその後、ウリン総支配人の決定にいかなる影響もおよぼしてはおらず、ボリショイ劇場にいかなる圧力もかけていないが、この決定を支持する、との公式な声明をタス通信に送った。
バレエが挑発的だったことは、当初から明らかだった。ヌレエフは同性愛者であることを公にし、1961年にスキャンダラスな形でソ連を去っている。才能豊かなことで有名であるが、そのエキセントリックなふるまいにも定評があった。
コメルサント紙によれば、ボリショイ劇場は公演の背景幕用に、リチャード・アヴェドン撮影のヌレエフのヌード写真を使う権利を取得したという。「異性の格好をする人達」が登場して踊るシーンや、合唱団員全員が女装することなども予定されていた。この公演が中止にならなかったら、ロシアでは反同性愛プロパガンダ法が存在するものの、同性愛者への対応が全般的に変化する合図になったであろう。
1972年、パリ・オペラでバレエ『レ・シルフィード』(Les Sylphides)で演じるルドルフ・ヌレエフ=AFP
ウリン総支配人は今月8日、ヌレエフの最終リハーサルを見学。劇場はその後、予定されていた4公演を何の説明もなしにドン・キホーテに変更した。そしてウリン総支配人は記者会見で、公演がまだ準備できていないため、来年まで延期されたと説明した。
とはいえ、バレエ評論家アンナ・ゴルデエワは交流サイト(SNS)フェイスブックの自身のページに、ウリン総支配人は本当のことを言っていないと書いた。「全体リハーサルに参加した人、見学した人全員が、公演の準備は完了していて、むしろ他の公演よりもしっかりとできていたと言っている」
バレエ「ヌレエフ」のポスター=AFP
リハーサルを見たボリショイ劇場のダンサーは、ロシアNOWの取材に対し、パフォーマンスが未完成の「生」状態ではなかったとの考えを表明した。「過去にはもっと準備のできていないバレエもあったが、普通に公開されていた。ポソホフのこれまでで最高の作品の一つかもしれない」
多くの人が、政治的理由によって延期されたと考えている。
当局は5月、セレブレンニコフ監督の創設した「ゴーゴリ・センター」と自宅の両方を訪問していたものの、セレブレンニコフ監督は2月から休みなしでこのバレエに取り組んでいた。ヴェドモスチ紙の取材に対しては、「劇場が決定したこと」とだけコメントしている。
監督キリル・セレブレンニコフ、ヨーロッパ映画賞2016=タス通信/ヴャチェスラブ・プロコフィエフ撮影 ゴーゴリ・センターでシーズン閉幕のパーティーが行われた際、セレブレンニコフ監督は、当局と規則は変わるが、芸術は永遠であり、パフォーマンスはいずれ行われる、と話した。
デムツキー氏はフェイスブックの自身のページにこう書いた。「ヌレエフの中止/進行についてコメントはしない。公式な発表は近々行われる。この見事な美のキャンバスに取り組んだ全ての人、記念碑のモデルにしなければいけないバレエのアーティスト、自分の音楽を好きにさせてくれたオーケストラのアーティストを愛している。愛。これは、消えたバレエの準備をしてくれた600人ほどの人に対して感じていること」
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