専門家の間でトランプ勝利を真面目に予想した者はわずかだったから、彼らの関心は主に、元米国務長官である民主党候補者、ヒラリー・クリントン氏の外交スタッフに向いていた。トランプ氏に関しては、選挙戦中は、外交がよく分かっていないとか、外交分野の顧問は無名の連中だとか言われていただけだった。
とはいえ、有能な顧問を探し出す課題は、かなり短期間で解決されるかもしれない。米国は、有能な専門家には事欠かないし、勝利者の陣営に鞍替えしたい、あるいははせ参じたいと思っている者は、今やたくさんいるだろうから。トランプ氏は、戦後の米国史で、最もドラマティックで先が読めない大統領選で、思いがけず勝利した。
と同時に、米国の大統領は伝統的に、外交に個性の大きな痕跡を残すのが常である。というのも、内政より外交における権限のほうが大きいからだ。その意味で、トランプ外交は、あらゆる意味でかなり目立ったものになると予想される。
もっともそれは、トランプ氏の奇矯な発言から考えられるほど「派手」なものではないだろう。こうした発言は、選挙民を意識してなされたものだったから。例えば、氏が明日にも、メキシコとの国境に、不法入国を防ぐ「壁」を建設し始めるなどということはあるまい。だいたい、こんな大規模な建設は、相当な出費が必要になるし、あらゆる国庫支出の権限は、もっぱら上下両院にあり、他にはないのだから。
とはいえ、トランプ氏は、出入国管理の厳格化を図るだろう。オバマ大統領は、既に米国内にいる約700万人の不法入国者に恩赦を与える計画をもっているが、トランプ氏がそれを進めることはもう決してあるまい。
また氏が、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)のような類の、グローバルな貿易統合のありとあらゆる計画を推進するということもないだろう。逆に、既に現れている傾向――つまり、米企業が創出した雇用を徐々に米国内に戻していく傾向――を定着させようとするだろう。トランプ氏は、中国に通商戦争をしかけようなどとせず、ある面では妥協し譲歩しようとするだろう。
さて、露米関係であるが、クリントン氏が大統領に選ばれていたら、少なくとも低迷、悪くするとさらに悪化を続けたことは必至で、危険なほどにエスカレートすることさえあり得た。その点、トランプ氏選出は、こういう先鋭化を避けるチャンスを与えてくれる。
心理学的なタイプとしては、エキセントリックで外向的なトランプ氏は、内向的で「閉鎖的な」プーチン大統領とはまったく対照的だ。だが、こういう開けっぴろげで率直なタイプのほうが(仮にその人物が、まったく自分と正反対の意見を口にするとしても)、元KGB中佐であるプーチン大統領としては、ヒラリー・クリントン氏のようなタイプよりもずっと付き合いやすいだろう。クリントン氏のことは、米国内だけでなくロシア指導部でも、多くの人が、「誠実でなく」(控えめに言っても)、偽善者だと考えている。おまけに、モスクワで2011年秋~2012年春に起きた抗議行動は、当時国務長官であった氏が陰で糸を引き「金を出した」と疑う者もいる。
クリントン氏はまた、選挙戦では、ロシアとプーチン大統領個人に対し、極めて激しい非難を浴びせ、クレムリンが「選挙を妨害しようとしている」とか「ホワイトハウスにトランプという操り人形を据えようとしている」などと言いがかりをつけた。こういう言動の後で、プーチン大統領とクリントン氏が落ち着いて、互いに苛立つことなく付き合えるものかどうか、まったく分からない。その点、トランプ氏との間には、こういう「負債の前歴」がないので、少なくとも白紙の状態からスタートすることができる。
その意味でトランプ氏は、かつて「欧州におけるロシアの主な友」だったシルヴィオ・ベルルスコーニ元イタリア首相をある程度思わせる面がある。トランプ氏は、衝動的で外交経験はない。もしかすると、何か「奇妙奇天烈」な言動をなし、その中にはロシア大統領に向けられるものも出てくるかもしれない。すると、ロシア側はそれに対して「憤慨する」かもしれない。概して、露米関係は、あまりにも首脳間の個人的人間関係と結びついているので、状況が瞬く間に悪化することもないとは言えない。基本的に、「愛から憎しみまでは一歩」である。
プーチン大統領は、米大統領選勝利を祝う電話を最初にかけた首脳の一人だが、思い起こせば、2001年9月11日に当時のブッシュ米大統領に、テロ犠牲者を悼み、テロとの戦いの連帯を表明する電話を最初にかけた最初の首脳がまたプーチン大統領だった。ところがその後は、2007年に、プーチン大統領が米国の政策を厳しく批判した有名なミュンヘン演説があり、欧米、とくに後者との関係には、完全な失望感が広がった。
という訳で、トランプ氏は今「アメリカを再び偉大な国にする」というスローガンを掲げているものの、それがどういうことになるか、今のところ不明だ。氏は、「新孤立主義」と世界各地への介入行動の縮小を目指していると推測されるが、もしこの傾向が定着するならば、これは露米関係にプラスに影響し得る。
もしトランプ氏が選挙公約に忠実であるなら――公約はあまりはっきりしたものではなかったが、氏は、米国はウクライナに介入する必要はないし、クリミアの運命など関心がないとすら言った――、それは露米関係を新たに「再起動」させるうえで格好の材料になるだろう。欧州に対し、対露制裁を止めないように圧力をかけなくなるだけでも、かなり意味がある。
とはいえトランプ氏は、米国の対露制裁を緩和あるいは解除しようと望んだところで、そう簡単にはできない。その途上には、上下両院において、彼と所属を同じくしながら、あまり彼に従順でない共和党員の大多数が立ちはだかるし、民主党については言うまでもない。
しかし、ウクライナ政府への支援を減らす「代わりに」、ロシアがシリア問題で米国に譲歩するといったこともあり得よう。もっともそれは、シリア問題がトランプ外交の「レーダー」上で重要な位置を占め続けるとすれば、であるが。
またトランプ氏は、NATO(北大西洋条約機構)における軍事、財政上の責任を欧州の同盟国に担わせる意向について、以前口にしていたが、これもロシアには気に入らないわけがない。だが氏は、ロシアを非常な不安に陥れているグローバルなMD(ミサイル防衛)を撤回することはよもやあるまい。これは氏の「新孤立主義的なレトリック」によく合致するのだから。その代わり、氏のアラスカ原油の採掘再開に関する計画は、ロシア経済に破壊的な影響を及ぼしかねない。エネルギーは、ロシアの主な輸出収入の財源なのに、これは、世界のエネルギー価格の下落を引き起こすだろうから。
このようにトランプ氏は、多くの点で「正体不明」ではあるが、それでも、露米関係の新たな「再起動」の希望はあると言えよう。いずれにせよ、同氏のもとでのアメリカは、オバマ時代とも、その前のブッシュ時代とも、国際舞台ではまったく違った様相を呈するだろう。
*ゲオルギイ・ボフト―政治学者、外交防衛政策会議メンバー
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