青井商店のブース
=吉村慎司撮影「このゴム手袋は気温がマイナス40度になっても軟らかいままで、問題なく作業できます。この隣にあるタイプは値段は上がりますがマイナス60度でも大丈夫」。陳列した耐寒手袋を指して、青井商店(北海道旭川市)の青井貴史専務(40)が声を上げる。通訳を介して説明を聞きながら、地元ロシア人来場者が次々と見本を手にはめ、握ったり開いたりしている。この様子を見た人たちがブースに寄ってきて陳列品を眺め、質問を始める。
ときは2月14日午前。ノボシビルスク市郊外にある展示会施設「エキスポセンター」でのことだ。建設業者向けに年1回開かれる資材展示会「SibBuild(シブビルド)」は、今年も来場客で賑わっていた。ロシアを始めドイツ、フランス、トルコなど外国企業を含む合計184社が出展。屋根、壁材、エレベーターなどからフェンス、ねじ釘に至るまで、建設に関わる様々な新製品を見られるのが特徴だ。
日本からブースを出したのは作業用手袋製造・卸の青井商店のほか、寒冷地住宅向け外壁材を扱う専門商社ネオトレーディング(札幌市)、電気式の融雪マットをつくる北海道ゴム工業所(由仁町)だ。3社が1つのブースを分け合って見本品を置く。どの製品もロシア市場では珍しく、それぞれが客への説明に追われた。すでに3社はサハリン、ウラジオストクなど極東地域で展示会や商談を経験しているが、シベリアでこうした展示会に出るのは初めてだった。
ノボシビルスクの人口は約160万人で、サンクトペテルブルクに次ぐ国内第3の都市だ。シベリア全体を見ると、極東の約3倍に当たる2000万人近くが暮らしている。さらに中央アジア諸国への商流・物流の拠点という側面もあり、一大マーケットと見ることも可能だが、日本のビジネス界でシベリアの認知度はゼロに等しい。両国事情に詳しいロシアNIS貿易会の齋藤大輔次長は「ロシアでの日本企業の活動はモスクワ周辺と極東に限られているのが現状。日ロ関係を発展させる上で、次はシベリアとのつながりを育てていくことも重要になる」と指摘する。
なぜ今日本の地方企業が、シベリアでの活動に乗り出したのだろう。
牽引役は青井商店だ。同社は約2年前から、地元北海道に隣接するサハリンの建材業者と代理店契約を結び、サハリンに耐寒手袋の在庫を置いていた。この代理店と親交が深いノボシビルスクの建材業者、ストロイランド社のアレクセイ・ズローチン社長(35)が手袋の存在を知ったのが1つのきっかけとなる。サンプルを見て惚れ込んだズローチン氏が「これをぜひ極寒のシベリアで売りたい」と動き出したのが2015年後半のことだった。
折良く経済産業省系の海外ビジネスパーソン招致事業があり、これを利用して16年1月、ズローチン氏は初めて北海道を訪れた。青井氏はこう振り返る。「そのときはまだサハリンの代理店から何も聞いてなかったんです。初対面で話していたら、あなたの会社の手袋をサハリンから取り寄せた、地元で2週間後に開かれる大きな展示会で売るつもりだ、と言うのでもうびっくり(笑)」。実際、昨年のシブビルド展示会に出品したものの、急な話ゆえ青井商店から応援を出すことはできず、商品を説明できる人がいない中では1件も成約しなかったという。
それから半年強が過ぎた16年秋、市場視察を兼ねて青井氏がノボシビルスク入りし、ズローチン氏を訪ねた。偶然、市内のアウトドア用品店のバイヤーと会うことになり、2人並んで耐寒手袋の魅力を訴えた。結局買ってはもらえなかったが、ズローチン氏はこの1回で青井氏の営業トークを吸収する。「彼は私が帰った後自分で営業して、どんどん売っていった。この人は本気でやろうとしている。ならばこちらもとことんやります」(青井氏)。
ズローチン氏とともに17年のシブビルド展示会に出る、と決めた青井氏は、かねて極東ビジネスに一緒に取り組んできた地元北海道のビジネス仲間にも声をかけた。遠い印象があるシベリアに躊躇する反応も多い中で、北海道ゴムとネオトレーディングが、現地での自社製品の可能性を探るべく手を上げた。特に北海道ゴムは、1月にズローチン氏を工場視察で受け入れた縁もあった。かくして3社がシベリアに展示ブースを構え、4日間の全日程を無事に終えた。3社のすぐ隣が、ズローチン氏のストロイランド社だった。来場客から「この日本製品はどこで買えるのか」「今買いたいのだが」などの問い合わせがあるとすぐに隣から営業担当者が来て具体的な交渉に移る。青井商店の手袋は一双350ルーブル(約700円)から2000ルーブル(4000円)強と現地では高価だが、販売可能数量を4日間ですべて売り切った。融雪マットは日本円で5万円を超えるが、展示品を買い取りたいとの注文が入った。
北海道ゴムの長澤嘉樹専務(50)は「来てみるとシベリアは極東より雪が多く、当社のマットにも商機がありそう。なにより日本企業との競合がほとんどなく、中国韓国の進出も極東ほどではなく、地元の人に興味を持って話を聞いてもらえるのが嬉しい」と話す。ネオトレーディングの阿部武士社長(56)も「地元の声を実際に聞くのが目的で、想定よりかなりいい反応を得られました。日本の進出がほとんどない分、これからいろいろなビジネスができるのでは」と好印象だ。3社からは、来年はブースをもっと広げよう、といった声が早くも聞こえてきている。
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