時空を超えるマトリョーシカ

梅村良恵さん=

梅村良恵さん=

吉村慎司撮影
 川崎市多摩区、小田急生田駅に近い商店街の一角。瓦屋根の下で、紺色ののれんが風にたなびいている。のれんの中央に描かれているのはマトリョーシカの顔だ。ロシア雑貨の輸入・企画を手がける「VOLGA」(ヴォルガ)が今年8月に開いたショールーム兼店舗の入り口である。

ロシア留学の体験を活かし

 店内では、マトリョーシカをはじめ玩具、食器、アクセサリーなど300種類を超えるロシア雑貨が客を迎える。実はここは昨年まで約30年間ソバ屋だった建物だ。瓦屋根、障子、のれんなど日本的な要素を残して改装し、日ロの伝統が混ざり合う空間をつくりだしている。

 代表の梅村良恵さん(32)は、「和の空間とロシア雑貨は相性がいい。ここでソバ屋を営んでいた伯父から高齢のため店を閉めると聞いたとき、私が替わって雑貨店を始めようと思い立ちました」と話す。梅村さんは東海大学でロシア語を専攻し、在学中にモスクワ大学に留学している。卒業後はロシア専門商社で実務を経験し、今春、個人事業主としてのスタートを切った。

 

マトリョーシカ老舗と提携し自社製品開発

 ロシア雑貨の中で日本人に最もよく知られているのがマトリョーシカだ。ただ、新規ビジネスの商材として見ると決して易しくはない。認知度の高さゆえ、一般的なデザインのものはすでに多くの雑貨店に並んでいる。インターネットで探せば日本の人気アニメ柄など、日本人向けにつくられた企画品も簡単に手に入る。そんな中でVOLGAがこだわるのは、ロシアの伝統的なデザインを取り入れることだ。

 VOLGAは既製のロシア雑貨を輸入販売する一方で、自社オリジナルの商品も展開する。工場を持っていないため、ロシアの一大マトリョーシカ産地、ニジニ・ノブゴロド州セミョーノフ市にある「セミョーノフ塗装」社に委託し、同社の工場で製品をつくってもらう仕組みだ。セミョーノフ塗装はソ連時代の1932年に創業した老舗で、炭やアニリン染料を使う独特の絵付け技術、作品の表面に描く小さな渦巻きデザインなど、マトリョーシカの伝統を体現している企業の一つである。

 VOLGAで今一番の売れ筋という独自商品「セミョン・キャット」シリーズは、セミョーノフ塗装の人気商品、ネコ柄の玩具をモチーフとした商品群だ。マトリョーシカ、木製文具などの木工芸品に加え、日本の陶器メーカー、東北カットグラス工業所(東京・江東)の協力で美濃焼のマグカップも揃えた。日本伝統のものづくりとロシア伝統のデザインを融合させたとも言えるだろう。ネコのほか、セミョーノフ塗装で1950年代に使われていたというキツネなどの動物キャラクター、またスポーツ選手のデザインも復刻し、店舗に並べている。

=吉村慎司撮影
=吉村慎司撮影
=吉村慎司撮影
 
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雑貨を通してロシアの伝統を紹介

 梅村さんは「日本人受けを最優先する日本発のデザインではなく、ロシアで伝統的に使われてきたデザインの中から、日本人にも楽しんでもらえそうなものを選んで商品化しています。言ってみれば、雑貨を通してロシアの伝統を日本に紹介するのが私たちの仕事です」と語る。この考えにセミョーノフ塗装側も賛同。VOLGAの開業を支援するため、経営者の子息であるマトリョーシカ職人、デニス・コロトコフ氏(24)が来日した。

 デニス氏の滞在は6月から約3カ月間におよび、開店準備作業の手伝いだけでなく、都内でのマトリョーシカ制作講習会の講師役としても協力した。また、VOLGAが7月に雑貨業界見本市に出展したときには、ブース内でマトリョーシカの絵付けを実演。この時点のVOLGAは事業を立ち上げたばかりで何の実績もない状態だったが、ロシアの若い職人が真剣に筆を走らせる姿に、多くのバイヤーが足を止めて説明を求めた。その後全国からカタログ請求や見積もり依頼が相次ぎ、目下、いくつもの商談が進行中という。

 

マトリョーシカが過去と現在、ロシアと日本をつなぐ

 ビジネスの柱は当面、店を訪れた個人客への販売と、雑貨店などへの卸売りとの二本になる。梅村さんによると今後、メーカーの販売促進グッズなど、法人客からの受注生産にも力を入れたいという。この10月には、あるアパレル企業の販促キャンペーングッズとして、ブランドロゴが入ったマトリョーシカ型キーホルダーを生産・納品した。実際の製造はVOLGAオリジナル商品同様、セミョーノフ塗装が引き受けている。

 マトリョーシカが過去と現在、ロシアと日本をつなぐ。梅村さんには、日本に起源を発するとも言われるこの工芸品の力を借りて、紹介したいロシアの伝統がまだたくさんあるそうだ。のれんがかかった店舗の奥には作業場があり、次なる雑貨の試作品も置かれていた。事業の構想が尽きることは当分なさそうだ。

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