日本人の心に触れるテルミン

日露合同コンサート、8月11日=

日露合同コンサート、8月11日=

上原ゼンジ撮影
 地球上には、すでにほぼ100年、直接触れることなく奏でることのできる最初にして唯一の楽器テルミンが存在している。発明者で、電子音楽の開祖、レフ・テルミンは、今年で生誕120年を迎える。だがその母国ロシアでは、この楽器がほとんど知られていない。なぜ日本でテルミンの伝統が根ざし、発展したのか、ロシアNOWが調べた。

早稲田で日露合同コンサート 

 スコットホール(早稲田)のコンサートで8月11日に初めてテルミンの音を聴いた人は、不思議または魔法のように感じたかもしれない。演奏者は、まるで目に見えない弦を握っているかのように、空中で手を動かし、楽器から別世界の音を誘う。テルミンの音色が人間の声に似ていると感じる人もいれば、バイオリンに似ているという人もいる。だが実際にはまったく別の音であり、生で聴いてこそ、評価できる。

 コンサートでは、レフ・テルミンの娘のナタリヤ・テルミンさん、ひ孫のピョートル・テルミンさんが、日本のテルミン奏者たちと共演した。

 「演奏を学べる教室が多数あって、まじめな楽器としてテルミンを演奏する人がこれほど多く存在する国は、現時点で日本だけ。ヨーロッパやアメリカでは見られない」とピョートルさんは話した。

 

すべては一人のエバンゲリストから

 日本でテルミン熱を盛りあげたのは、一人のエバンゲリスト、竹内正実さん。テルミンの遺産を大切に守りながら、大勢の人に伝え、教えているだけでなく、マトリョーシカとテルミンを一体化させた楽器「マトリョミン」をつくるなど、テルミン文化を独自に発展させている。

 自身は、いつテルミンに興味を持ったのか、今となってはもうはっきりと覚えていない。

 「もともとは電子楽器に興味があったが。大きく発展したシンセサイザーに代表される電子楽器だが、その可能性はいったいどこにあるのか分からなくなっていた。その時、たまたまテルミンに興味を持って調べてみたら、ほとんど何もわかっていないことが分かった。謎が多く演奏法習得も難しそうだが、これは希望があると直感した」と竹内さん。

 テルミンの演奏をマスターするのが真の挑戦となったことが、関心に拍車をかけたのかもしれない。「演奏法習得はとても困難と云われていた。これはすなわち制御において人間が関わる部分が多いということで、当時の電子楽器の行き詰まりを打開できる可能性を見出した」と竹内さん。

 1991年、モスクワへ行くことを目指し、ロシア語の勉強など準備を始めた。2年後にロシアに渡ったが、当時はテルミンの学校も教室もなかった。「テルミン博士のいとこの孫にあたる世代のリディア・カヴィナさんが私の先生になった。その方のご自宅へ行って、個人的なレッスンを受けたと竹内さんは思い出しながら話す。

 

心の琴線に触れる

 ピョートルさんによると、ロシアでもようやく学校が開校したという。「ロシアには『ロシアン・テルミン・スクール』という学校がある。我々は現在、モスクワとサンクトペテルブルクで活動しており、ロシアのさまざまな都市で発展させる予定。学校の管理者はナタリヤ・テルミン」。この学校には大人も子供も入学でき、音楽の教育をそれまでに受けている必要はないという。

ピョートル・テルミンさん =上原ゼンジ撮影ピョートル・テルミンさん =上原ゼンジ撮影

 日本ではテルミンの演奏を学べる教室が都市部を中心に多数あり、テルミンの人気が高い。その多くは東京にある。「そういう状況は多分、日本以外にない。もちろん、私がロシアへ行った1993年当時はなかった。私や弟子たちが、このすばらしいテルミンのカルチャーを継承し広めるという強い意志をもって、求める人には分け与える姿勢を保っているからだ」と竹内さん。

 なぜ日本人の間でテルミンの人気が高いのかという質問には、こう答えた。「美しい音色を得るには演奏動作を洗練させるしかないのだが、何事もとことん突き詰めて洗練させないと気が済まない日本人気質に共鳴する部分があったのではないか。テルミンの音って独特なエモーションとかロマンチズムとか。ロシア人と日本人はその心の感性というところがよく似てるかな」と竹内さん。

 

「宇宙」音楽

 ソ連時代、SF映画を含めた映画音楽に、テルミンが使われることが多かった。「イワン雷帝転職する」(ソ連)、「地球の静止する日」(アメリカ)など。ロシアでは現在、テルミンの音を聴くことはほとんどない。有名なバンド「ムミー・トローリ」や「SPBCh(最大素数)」の歌で耳にする程度である。ピョートルさんは、楽器で演奏するというよりも、「音を抽出する」ようだと考える。

 竹内さんによると、日本にはテルミンのクラシック演奏者がおり、自身とマトリョミン・アンサンブルMable and Da(マーブル・アンド・ダー)もそこに属するという。アヴァンギャルドなスタイルの演奏者もいる。映画でテルミンの音楽が使われることはないが、唯一の例外がある。それは漫画の実写映画「のだめカンタービレ」。

 「もともとは『のだめカンタービレ』と言う漫画の中にテルミンが出てくるシーンがある。『のだめカンタービレ』という漫画はとても人気があったため、そのことによってもテルミンが知られるきっかけとなった」と竹内さん。

レフ・テルミンが自分の楽器を演奏

  楽器はユニークだが、今のところ、ロシアの社会でも、日本の社会でも、絶大な人気を誇っている、高く認識されている、とは言い難い。ピョートルさんは、テルミンのオリジナルを復元するところから始める必要があると考えている。「レフ・テルミン自身がつくったすべてのモデルは、楽器をつくる人にとって復元困難な装置のままとなっている。レフ・テルミンの欲していたところを重視することなく、それっぽい物理学的装置をつくっているだけ」。いまだにテルミンのコンサート・モデルはつくられていないという。「多くの人がテルミンを初期のシンセサイザーと考えているが、これは間違った理解とピョートルさんは話した。

 

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