チェブレク=Shutterstock/Legion Media撮影
クリミア・タタール料理をクリミア以外で食すことはできない――第二次世界大戦後にクリミア・タタールの強制移住先となったカザフスタンとウズベキスタンを除いては。クリミア・タタール料理はこの半島でもっとも安く、それでいてもっとも質が高い。
中でも代表的な料理と言える、キツネ色に揚げられたカリカリのチェブレクは、クリミアを超え、旧ソ連諸国に広がり、大人気かつ欠かせない料理になった。
見た目は大きな揚げ餃子のように見えるが、クリミア・タタール語では肉入りピロシキを意味する。チェとはピロシキを意味し、ボレクとは肉を意味する。
イースト菌を使わず、小麦粉だけで生地をつくり、羊ひき肉または牛羊あいびき肉とタマネギ、唐辛子で具をつくる。油を200度近くまで熱して、揚げる。油を使わずにフライパンで焼くチェブレクもあるが、これはヤントィクと呼ばれる。
クリミア・タタール料理の伝統をしっかりと守っているチェブレクは、料理にとても手間がかかるが、ウズベクのサムサ(パイ)やカザフのマントィ(饅頭)に押されることはない。チェブレクの特徴は、おそらく、目の前で調理し、アツアツを提供することではないだろうか。
クリミアのどこでも売られているが、特においしいのは、バフチサライ市のハン宮殿近くにあるレストランやカフェのチェブレクだろう。
Lori/Legion Media撮影
アカニシは黒海のシンボル。とはいえ、登場したのはわずか半世紀前だ。海の音が聞こえると言われる美しい貝殻はしばしば旅行者の土産になるが、アカニシは肉食で、カキやムール貝をエサとしている。
アカニシは日本海から来たと考えられている。1947年に、ロシア南部のクラスノダール地方ノヴォロシイスク市のツェメス湾で初めて発見された。極東ではアカニシの長さが4センチ以下ほどであるが、クリミアではティーカップほどの大きさのものもある。アカニシは黒海に登場してから、水の透明度が低くなるほどの量のカキやムール貝を食べるようになったため、黒海の惨劇になった。
天敵は、アカニシをエサとし、コロニーでの増殖を許さないヒトデと考えられている。だが黒海の塩水はヒトデにとって十分ではないため、ヒトデがいない。アカニシはここでまさに無敵状態だ。黒海のカキをすべてたいらげ、ホタテもほぼ食べつくし、ムール貝の個体数も著しく減らした。今や、子どもたちに「人魚の爪」と呼ばれている、マテ貝をたらふく食べている。
アカニシの舌は鋭いドリルで、二枚貝の殻に穴を開け、中身を食べる。クリミアのビーチでは、穴の空いた貝殻を見ることができる。ただ、大人のアカニシはドリルで穴を開ける作業はせず、筋肉質の足で貝を開き、毒を注入して食べる。
さて、そんな黒海のアカニシを食べるのは人間だ。イカやキノコの塩漬けをほうふつとさせる、おいしいアカニシの身は、体に良い成分の宝庫。家畜の肉よりもたくさんのタンパク質があり、コラーゲン、エラスチン、吸収されやすい無機成分(ヨウ素、カリウム、リン)も含んでいる。
アカニシは3~5分軽く熱することが大切。長く熱すると硬くなり、ゴムのようになってしまう。軽くゆでたり、油でいためたりすると、やわらかくておいしいアカニシ料理ができあがる。
Lori/Legion Media撮影
クリミアっ子はヒメジが大好きで、味ランキングで1位のヒラメの次においしいと評価している。下顎には下向きに生えている2本の長い”ヒゲ”があるため、トルコ語で「大きなアゴヒゲ」を意味する「バルブンヤ」と呼ばれている。ロシア語では「バラブリカ」。
また、この魚はロシア語で「スルタンカ」とも呼ばれている。これほどの立派なヒゲをはやせるのはスルタンだけだと考えられていたからという説と、この魚をスルタンだけが食べることができたからという説がある。50種類のヒメジのうち、黒海に生息しているのは1種類のみ。
ヒメジは古代ローマで非常に人気があった。特にローマ人は、大型のヒメジを珍重し、たくさんのお金を支払った。その際、支払いは銀で重量/重量で行われた。ヒメジを調理する前、大きな器に入れてダイニングルームに運び、賓客に魚の色の変化を見せるように、と料理人は指示されていた。ヒメジについては、マルティアリス、セネカ、キケロ、プリニウスが書いていた。
ヒメジの調理時間はとても短い。胆のうがないため、内臓を除去しないこともある。料理には丸ごとフライやソテーなどがある。ヒメジにはマグネシウム、リン、ビタミンB群が豊富で、とても体に良い。
クリミアっ子や観光客だけでなく、すべての捕食魚やイルカも、ヒメジを食べる。黒海で個体数が減少しているのはこのためかもしれない。
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