ロシア文化のハニーポット

リャイリャ・チューリップ・モスク=マクシム・ボゴドヴィド撮影/ロシア通信

リャイリャ・チューリップ・モスク=マクシム・ボゴドヴィド撮影/ロシア通信

ウファはバシコルトスタン共和国の首都であるが、この国名は、この地域に土着する主要民族のバシキール人にちなんで名付けられた。モスクワからだけでなく、中央アジアとの深い交流をも通じて文化的な感化を受け、かつては半遊牧民として暮らしていたバシキール人のもてなしの文化は、ロシアのどの地方で見受けられるもてなしの習慣にも引けを取らない。

文明・宗教の交錯する戦略的要衝 

 ウファはイヴァン雷帝の命により、ロシア帝国南西部の領土を外部の侵略から防衛するための要塞として、1574年に創設された。1917年の革命前夜の時点では、ウファの人口は10万人に達していた。ロシア内戦中の一時期、ウファは白軍によって占領され、短期間にわたり反革命連合の短命政権である臨時全ロシア政府の首都となった。この都市は1920年代から30年代にかけて急速な工業化を遂げ、近くで石油が発見されると、石油抽出と精製の拠点となった。第二次世界大戦中、多くの工業企業が一時的にウファに拠点を移した。

 バシコルトスタンは、西側の隣国でより名の知られたタタルスタンと同様に、複数の民族と異なる宗教が混在する共和国で、その国民は何世紀にもわたり平和に共存してきており、ウファのスカイラインには多数のモスクや正教教会が点在している。最も目立つモスクはリャイリャ・チューリップ・モスクで、市内から13キロ離れたペボディ公園の中にある。1998年に完成したこのモスクは両側に高さ53メートルにおよぶミナレットを構えており、それはロシアで3番目の高さだ。ウラジミール・プーチン大統領は、2001年にここでイスラム教徒代表者のサミットに出席した。

 ウラジーミル・レーニンもまた、ウファを訪れたことがある有名なロシア人の一人だ。彼は2度来訪し、その訪問の内容は今日に至るまで博物館に記録が残されている。ドストエフスキー通り78番地のこの博物館は、レーニンと妻のナデジダ・クルプスカヤが1900年6月に約3週間を過ごした場所の近くに所在する。

 

ウファ市内の見所

写真提供:Lori Images/Legion Media

 ロジデストヴォ・ボゴロディツキー教会はウファで最大のものだ。空色に塗られたこの教会の鐘楼は47メートルの高さである。この教会は19世紀末に建立され、1934年までは礼拝所(同時に病院としても機能していた)だったが、1950年代から1991年までは映画館になっていた。1991年にこの敷地が再び正教会の所有下に戻ると、15年を要する大規模な再建作業が行われた。今日、この教会は同時に何千人もの人々を収容することができる。

 ウファの最中心部のレーニン通りには魅力的なゴスチヌイ・ドヴォルがある。保存状態のよいソ連時代のショッピングアーケードで、近隣の公園のビアガーデンに囲まれ、暖かい夕べには、まるで街の人々全員が集う場所になっているかのようだ。とても正直な販売員が運営する屋台で手作りのお土産を購入することができる。例えば、私が購入したマグネットを落としてしまったのでもう1つを買いに屋台に戻ると、それを無料でくれるといった具合だ。「破損品だったと言っておきますからいいんですよ」と、伝統衣装を纏ったバシキール人の女性は私にこう言った。

 

プガチョフの乱の主導者

サラヴァト・ユラーエフの記念碑=写真提供:Lori Images/Legion Media

 ウファとバシコルトスタンの主な象徴的存在は、プガチョフの乱における地元の反乱の主導者で、バシキール人の民族意識の扇動者に数えられるサラヴァト・ユラーエフという人物だ。1774年の末に捕まった彼には終身刑が下された。烙印され、鎖に繋がれた彼は、現在のエストニアにある港町のパルディスキの監獄に、父親と共に送られ、ユラーエフは1800年に死去した。ベラヤ川を見下ろす丘の上にあるこの記念碑は、ウファの土産品のモチーフによく使われており、この地域の賞品、町、そして地域のKHL(コンチネンタル・ホッケー・リーグ)ホッケーチームなどには彼にちなんだ名前がつけられている。近くにはバシコルトスタンの議事堂、展覧会場兼ビジネスセンターがあり、中には博物館、コンサート会場、バシキールのレストランや大規模なショッピングセンターが入っている。

 バラヤ川はこの街をいくつもの部分に分断し、バシコルトスタン共和国の領土の大部分をうねるように流れている。ウファ川とはウファの中心部近くで合流しているので、この街の住民は、どこに住んでいようがほんの数分もあれば水辺に行き着くことができる。ボートクルーズに参加する機会がたくさんあり、ほとんどの人はバシコルトスタンとロシアの間に築かれた400年間の連合関係を記念した「友情記念碑」(モニュメント・ドゥルズバ)を出発点とする。ボートの時刻表はこちらを参照: 

 

安くて美味しい蜂蜜 

 バシコルトスタンは蜂蜜でも有名だ。蜂蜜はこの国のどのスーパーマーケットでも見つけることができるが、ここでは価格がかなり安価である。あらゆる種類の蜂蜜が好まれているが、白い蜂蜜またはリンデンの蜂蜜(リポヴィー・ミョド)が特に名産となっている。蜂蜜を購入するのにお薦めの場所は、チュルピ通り97番地のツィエントラルニ・リノクの最下階だ。

 ウファの市外でもできることはたくさんあり、この共和国ではエコツーリズムが盛んになりつつある。アスリクリ湖は同共和国で最大の湖で、夏季に人気の行き先だ。ウファからは約2時間でいける距離に位置している。洞窟探検や筏下り、その他のアクティビティを楽しむことができる。Otdykh v derevneという会社が、筏下りツアー、釣りやハンティングの小旅行のほか、地元民族の村々への旅行など、様々なアクティビティを企画運営している。ほとんどのツアーはロシア版サウナで終わる形式になっているようだ。

 

アクセス 

 ウファへはUTAir、S7やアエロフロートを含む多数の航空会社が運航している。フライトは3つある空港すべてから出発しており、所要時間は約1時間40分だ。ロシアの他の主要都市に加えてサンクトペテルブルクからも数社がフライトを運航している。バスの路線番号101と110がウファと空港間を運行している。モスクワからウファへの列車は1日に約5本運行しており、そのすべてがカザン駅発車で、所要時間は24〜30時間だ。