大ノブゴロド

コンスタンチン・チャラボフ撮影/ロシア通信

コンスタンチン・チャラボフ撮影/ロシア通信

長きにわたり、ルーシ北部および西部の境界で、要塞(ようさい)の役割を担った大ノブゴロド(1998年に従来のノブゴロドから大ノブゴロドと改称された)。

 モスクワの北西550キロ、サンクトペテルブルクの南南東180キロに位置する。ボルホフ川河岸の街全体が古代ルーシの博物館のようだ。

 この街についての最初の記述は859年の年代記。キエフに続くルーシで最も強大裕福な公国だった。趣のある邸宅や教会、クレムリンの壁は何世紀もその姿を保ち続けている。

 11世紀から13世紀に崩壊しなかった唯一の公国だった。これほどの歴史的建造物や壁画を保存している街はロシアでは他にない。その数は50を超える。うち37点が92年にユネスコ世界遺産に登録された。

 ボルホフ川は街をトルグ側(東)とソフィア側(西)に二分している。西のソフィア側にはデチネツと呼ばれる内城、多稜宮殿、聖アンドレイ・ストラチラト教会、そして聖ソフィア大聖堂などがある。

 聖ソフィア大聖堂はキエフの大聖堂をもとに1045~1050年に建設され、国内唯一の9世紀様式の建築だ。ここは13世紀にモンゴルの襲来を受けなかった数少ない土地だった。

 大聖堂前の広く美しい広場には1862年の「ロシア1000周年」記念碑がある。

コンスタンチン・チャラボフ撮影/ロシア通信

 ソフィア側には昔の官庁の建物があり、現在はノブゴロド歴史・建築博物・美術館・自然公園になっている。ここには昔のイコン画のコレクションが所蔵されている。

 東のトルグ側には何世紀にもわたり、経済の中心地、最も活気のある市場があった。商店街はボルホフ川岸から垂直に延び、16世紀には1800店ほどあった。ボルホフ川河岸にはまた、「ゴート邸」(ゴットランド島の商人が創設)があり、近くにドイツ会館、プスコフ会館、トベリ会館があった。そのため、外国の商品を入手することが可能だった。

 この街はソ連時代、外国人の観光が認められた数少ない街の一つだった。現在は西側のガイドブックの多くに、サンクトペテルブルク、モスクワに続き、3番目に重要な街と記されている。