モスクワの鉄道駅9駅からの旅

モスクワは鉄道駅の多さで世界の王者。鉄道駅は9駅あり(鉄道駅の駅名は出発地ではなく、終着地になっているのが特徴)、ロシアの1万2397市町村へと導く。鉄道がないのは、チュクチ自治管区、カムチャツカ、マガダン、トゥヴァ共和国、アルタイ地方。シベリア鉄道の旅からは、有名なデビッド・ボウイもインスピレーションを受けたようだ。モスクワの駅を訪れて歴史の旅を楽しんだ後は、本格的な鉄道の旅に出発!

レニングラード駅

 1849年建設の鉄道レニングラード駅から、モスクワの鉄道史は始まる。モスクワの救世主ハリストス大聖堂およびクレムリン大宮殿の建築家、コンスタンチン・トンが建設した。

 ニコライ1世がモスクワ-サンクトペテルブルク間の鉄道(ニコライ鉄道)の敷設を決定したため、当初はニコライ駅と呼ばれていた。ロシア革命後に10月駅になり、1937年にレニングラード駅(当時のサンクトペテルブルクの市名はレニングラード)になって現在にいたる。

 ちなみにニコライ鉄道はアメリカのエンジニアの指導のもと、国家予算で建設された。レニングラード駅は、モスクワ鉄道ではなく、建設当時と同様、サンクトペテルブルク鉄道に属しているモスクワ唯一の駅だ。

 コムソモール広場(レニングラード駅を含む3駅の広場)、地下鉄コムソモオール駅

 レニングラード駅はサンクトペテルブルク行きの特急「サプサン」の発着駅。所要時間は3時間半。列車「北極」はムルマンスク行き。ムルマンスクは北極圏の街で、釣りやスノボードの愛好家などがこの列車を利用する。列車「レフ・トルストイ」はフィンランドの首都ヘルシンキへ、列車「エ ストニア」はエストニアの首都タリンへ向かう。列車「カレリヤ」はペトロザヴォツク行き。ここからはユネスコ世界遺産に登録されているキジ島の木造建築が近い。キジ島はオネガ湖に浮かぶ島。レニングラード駅からはプスコフやノヴゴロドにも行っておきたい。

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ヤロスラヴリ駅

 鉄道ヤロスラヴリ駅は1862年に建設された「民間主導」の駅。当初は正教のシンボル、至聖三者聖セルギイ大修道院のあるセルギエフ・ポサドとモスクワをつなげ、至聖三者駅と呼ばれていた。

 鉄道建設の責任者はロシアのエンジニア、フョードル・チジョフ。作家ニコライ・ゴーゴリの遺言執行人であり、作品集の編集者でもあった人物。

 ヤロスラヴリ駅はレニングラード駅とは対照的だった。スラヴ派のチジョフはロシアの資金、ロシア人のエンジニアと労働者のみでの建設を望んだ。鉄道建設には寄付を募り、損益計算書は年6回「アクツィオネル」新聞に掲載されていた。

 コムソモール広場(ヤロスラヴリ駅を含む3駅の広場)、地下鉄コムソモール駅

 ヤロスラヴリ駅からは、ロシア東部と北部行きの列車が出ている。ここはシベリア鉄道の始発・終着駅であるため、太平洋側のハバロフスク、ウラジオストク、ウラル地方のエカテリンブルク、シベリアのノボシビルスク、また有名なスキー・リゾート「シェレゲシュ」に近いケメロボなどに行き来す ることができる。ヤロスラヴリ駅からは、モスクワ-北京や、モスクワ-ウランバートルの列車に乗ることも可能。

 

リガ駅

 鉄道リガ駅の建設工事は1897年に始まり、4年後に完工した。建設目的はバルト海沿岸諸国との交易関係を発展させ、国の経済を活性化することだった。建物は擬ロシア様式。

 リガ広場、地下鉄リガ駅

 リガ駅からは、ヴェリーキエ・ルーキやリガまでの長距離列車が出ている。駅には鉄道技術博物館があり、蒸気機関車観光をここから始めることもできる。

 

キエフ駅

 鉄道キエフ駅の最初の駅舎は1899年に建設された。「キエフ-ヴォロネジ鉄道会社」が、ブリャンスク(モスクワの西)側からモスクワまで鉄道を敷設し、駅を建設することを決定。駅は当初、ブリャンスク駅と呼ばれていた。最初の駅舎は横に長く、出入り口は2ヶ所あった。田舎風の駅だ ったため、モスクワのどの駅よりも風刺の対象となり、鉄道会社は失笑されていた。

 ボロジノの戦い100周年に向けて、新しい駅舎の建設と、駅近くのボロジノ橋の改修が決定。橋のプロジェクトは当時人気の高かったモスクワの建築家ロマン・クレイン(モスクワの中央百貨店やプーシキン造形美術館を設計した人物)に、駅のプロジェクトはクレインの弟子であるイワン・レルベ ルグに、それぞれ発注された。これによって新古典様式の、モスクワでもっとも美しい駅が誕生した。建設には数年かかり、完成したのはロシア革命後の1920年だった。

 ヨーロッパ広場、地下鉄キエフ駅

 キエフ駅からは西方面の列車が出ている。列車「ストリチヌイ・エクスプレス」、「キエフ」、「ウクライナ」はウクライナの首都キエフ行き。15番列車はハンガリーの首都ブダペスト、59番列車はブルガリアの首都ソフィア、23番列車と33番列車はウクライナのオデッサに行く。

 

ベラルーシ駅

 鉄道ベラルーシ駅は1870年に建設された。国の西部で交易が発展していたため、モスクワから南西部のスモレンスク、ベラルーシのブレスト、ポーランドのワルシャワまで続く鉄道の建設が必要になっていった。当初はスモレンスク駅と呼ばれていたが、1871年にブレスト駅に改名。

 ニコライ2世の戴冠式が1896年5月に行われることになり、皇族を迎えるブレスト駅に皇帝館を建設することが急きょ決定され、有名な建築家レフ・ケクシェフが設計を請け負った。決定の数ヶ月後、駅の右側には木楼があらわれた。皇帝館を貴族がしばらく祭事用に使用していたが、現在の建 物の建設が始まった1908年に解体された。

 トヴェリ関所広場、地下鉄ベラルーシ駅 

 

  ベラルーシ駅からはベラルーシのゴメリ、ミンスク、ブレストだけでなく、ロシアの飛び地であるカリーニングラード(147番列車)、チェコの首都プラハ、リトアニアの首都ヴィリニュス、ポーランドの首都ワルシャワ(「ポロネズ」)、ドイツの首都ベルリン、フランスのニースに行くことができ  る。

 

パヴェレツ駅

 鉄道パヴェレツ駅は1900年に建設された。「リャザン-ウラル鉄道会社」が、駅と駅までの支線を必要としていたことから建設を決定。この会社は当時、ロシア最大の民間交通会社で、1900年までに総延長3500キロメートルの鉄道を保有していた。

 モスクワとリャザンを結ぶ短い鉄道は、この会社の幹線とモスクワをつなぐものであった。この路線によって、ロシア帝国南部のパンや他の食料品がモスクワに届けられるようになったため、評価は高い。

 パヴェレツ駅の建設計画には、ニコライ2世などの国のトップも招かれた。

 パヴェレツ広場、地下鉄パヴェレツ駅

 パヴェレツ駅からは南方面の列車が出ている。カザフスタンの首都アルマトイ、ロシアのボルガ川沿岸のヴォルゴグラード、アストラハン、サラトフ、黒海のノヴォロシースクなどへ行くことができる。

 

クルスク駅

 鉄道クルスク駅は1896年に建設された。クリミア戦役で交通インフラの強化の必要性が示されたことから、当時ロシアでは鉄道ブームが起こっていた。

 駅舎は1938年に立て直され、1972年には外観が改装された。

 クルスク駅広場、地下鉄クルスク駅、地下鉄チカロフ駅

 

  クルスク駅からはグルジアのバクー、黒海沿岸のアドレル、フェオドシヤ、スフミ、ダゲスタン共和国の首都マハチカラ、クリミアのシンフェロポリなどに行くことができる。

 

サヴョロフ駅

 1902年に建設された鉄道サヴョロフ駅は、郊外行きの電車のみが発着するモスクワ唯一の駅。有名なモスクワのメセナで、「モスクワ-ヤロスラヴリ鉄道会社」の取締役会長だったサッヴァ・マモントフが、建設を主導した。

 モスクワからサヴョロヴォ村までの鉄道は総延長130キロメートルだった。

 サヴョロフ駅広場、地下鉄サヴョロフ駅

 北側のモスクワ郊外に行くことができる。

 

カザン駅

 鉄道カザン駅は1864年に建設された。現在もっとも発着の多い駅。南方面、東方面、南東方面の列車が出ている。モスクワの旅客流動の20%を受け入れている。

 最初の建物は、リャザン鉄道およびカザン鉄道用に建てられた。現在の新ロシア様式の駅舎は1940年に完成(起工は1913年だった)。

 コムソモール広場(カザン駅を含む3駅の広場)、地下鉄コムソモール駅

 カザン駅からはタタールスタン共和国の首都カザン、チェチェン共和国の首都グロズヌイ、クラスノヤルスク、バルナウル、ウランウデ(バイカル湖観光で使用されることが多い)、また中央アジアなどに行くことができる。