“羊をめぐる冒険”、今度はロシアで

村上春樹によれば、まさにロマノフ種の羊が他の有名な種とともに日本の風土に順応させられ、とくべつ暖かい毛皮をもつこの動物の群れのなかにこの人気小説のヒロインである邪悪な羊が紛れこんだのである。=PhotoXPress撮影

村上春樹によれば、まさにロマノフ種の羊が他の有名な種とともに日本の風土に順応させられ、とくべつ暖かい毛皮をもつこの動物の群れのなかにこの人気小説のヒロインである邪悪な羊が紛れこんだのである。=PhotoXPress撮影

外国人はおろかロシア人にも馴染みのうすいヤロスラヴリ州の神秘的で美しい町トゥターエフは、村上春樹の有名なベストセラー三部作の第一部にこっそり隠れている。

 では、そんなトゥターエフへの旅を、この地方の都であるロシアの古都ヤロスラヴリから始めることにしよう。千年前にコトロスリ川がヴォルガ河へそそぐ風光明媚な場所に創られた中世の強大な公国の都であるヤロスラヴリは、旅人を惹きつけてやまない、ロシアの古都群「黄金の環」の主要な観光地の一つである。

 

まずは手前のヤロスラヴリをじっくり見物 

 たとえば、宣伝が過熱気味のムィシキンはその風景を5分ほど眺めるだけですませ、大(ヴェリーキー)ノヴゴロドとその周辺にはたっぷり2~3日をかけるというように、町によって想い入れの度合いはさまざまだが、ヤロスラヴリはまさに後者に類するといえよう。

 モスクワから車で行けば(国道8号線『ホルモゴールィ』で300キロメートル、混み具合により5~7時間)、町の入口で風変わりな景色を目にする。未来派風のその複合施設は、ロシア最大の製油所の一つ『ヤロスラヴリ・ネフチェオルグシンテズ(石油有機合成)』である。幸い、このコンプレックスは、最近、改修が施され、歴史地区からかなり離れているため、旅行者や地元の人が古都を愛でる妨げとはならず、空気を汚すこともまったくない。そこでは、謎めいた銀色の構造物をバックになかなかしゃれた写真を撮ることができる。

トゥターエフ町=Lori / Legion Media撮影    

 といっても、化学工場を拝みにヤロスラヴリへ行くわけではない。町の中心部は、さほど大きくはないが、何時間でも飽きずに散策を楽しめる。

 

シュールな大工場、世界遺産の教会、独創的な個人住宅・・・ 

 この町は、聖ワシリー大聖堂といったロシアの代表的な建築にその影響が見てとれるロシア建築の独特な様式(ヤロスラヴリ様式またはヴォルガ上流様式)の生地である。この様式の特徴は、豊富な外部の装飾(色とりどりのタイル、彫刻模様入りのれんが、ふつうは緑の色つきの瓦に覆われた丸屋根、内壁を埋めつくす装飾画)にあり、その代表的なものとして、ユネスコの世界遺産に登録されている17世紀の前駆授洗イオアン(洗礼者ヨハネ)教会(ザコトロスリスカヤ河岸通り69)や、やはり17世紀に建てられたニコラ・モークルイ聖堂(チャイコフスキー通り1)を挙げることができる。市のおへそにあるスパソ・プレオブラジェンスキー(救世主顕栄)修道院(13世紀に建立、敷地内にいくつかの博物館を開設、ボゴヤヴレンスカヤ広場25)や、より後期のペトロパヴロフスキー大聖堂も素通りできない。

 

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『黄金の環』

ホテル、お土産も色々お好みで 

 市内には美しい教会があまりにもたくさんあり、目移りがしていらいらする旅人もいるほどである。また、世俗的な建築もすばらしく、木や石の透かし模様で飾られた18世紀から20世紀にかけての独創的な個人の住宅も数多く保存されており、粋なモダニズム建築(地元の赤の広場にある火の見やぐらをもつ消防署)もあれば、スターリン建築(ソビエツカヤ通りにある著名な建築家パルスニコフの「アーチつきの家」)もある。

 市内では英語のガイドブックや地図を買うことができ、お土産もいたるところで売られている。宿泊施設は、予算とスタイルに応じて、陽気に騒げる高価でキッチュなホテル『イオアン・ワシリエヴィチ』(レヴォリュツィオンナヤ通り34)から、静けさを満喫できる地元のマネージメント・アカデミー付属のゲストハウス(レスプブリカンスカヤ通り42)まで、よりどりみどりである。

 


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ここから本題:あの羊のふるさと 

 とはいえ、話をもどそう。ヤロスラヴリからトゥターエフ街道を30キロメートルほど車で行くと、トゥターエフという無名の赤軍兵士の名を冠する冒頭で触れた町がある。トゥターエフは、実際はヴォルガ河によってへだてられた二つの町であり、1918年まではロマノヴォ・ボリソグレブスクと呼ばれていた。旧ボリソグレブスクは、何といっても、ヴォルガ上流の建築様式の紛れもない傑作である17世紀のヴォスクレセンスキー(救世主復活)大聖堂とそこに保存されているスパス・フセミーロスチヴイ(至仁なる救世主)の奇跡をもたらす聖像で知られる。

 

ロシア最高!の景色 

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古都ヤロスラブリ

 大聖堂から対岸のロマノヴォ(町の最古のそしてかつてはより裕福だった部分)への眺望は、ロシアでもっとも美しい景色の一つである。広大な傾斜地にある牧歌的な家々や林のあいだに、さまざまな色彩、時代、様式の7つの教会が散らばり、それらが調和のとれたアンサンブルを奏している。とくに注目すべきなのは、たぐいまれなフレスコ画のある17世紀のクレストヴォズドゥヴィージェンスキー(十字架挙栄)大聖堂と18世紀半ばのバロック様式のカザンスカヤ教会である。とりわけ、大勢の信徒たちに伴われてイコンがロマノヴォ側へ厳かに運ばれてすべての聖堂を巡っていくパスハ(復活大祭)後第9日曜日の十字架行進の光景は、まさに圧巻である。

 

ロマノフ種の羊 

 けれども、ロマノヴォは、その美しさばかりでなく、村上春樹のミステリアスなスリラーのなかで触れられたロマノフ種の羊でも知られている。作家によれば、まさにその種が他の有名な種とともに日本の風土に順応させられ、とくべつ暖かい毛皮をもつこの動物の群れのなかにこの人気小説のヒロインである邪悪な羊が紛れこんだのである。

 この妙なる地には食事や宿泊の問題はあるが、ヤロスラヴリまではたった30キロの距離である。モスクワからヤロスラヴリまでは三駅広場からも行くことができる。モスクワのその広場のヤロスラヴリ駅からは一日に何十本も列車が運行されており、ヤロスラヴリからトゥターエフまではバスが出ている。