ユネスコ世界遺産「クルシュー砂州」

砂ぼこりは風に舞い、まるで心電図の線を描くように大地にきれいな細い帯を築いていく。リズムは感じることができないほどの弱拍になったり、まるで胸から響く鼓動のようにひんぱんな強拍になったりする。数千もの心電図波形の束は、まるでここに住む住人の心臓のリズムを刻むように、もろい砂の線を毎秒変化させながら、クルシュー砂州を覆う。

 Lori/Legion Media撮影


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砂丘とツンドラをあわせ持つ 

 カリーニングラード州のゼレノグラツクからリトアニアのクライペダまで伸びる砂州は、バルト海の潮水とクルシュー潟湖の淡水を隔てている。砂漠はわずかな土地の中で、コケに覆われた針葉樹や白樺の林、草原、ツンドラ、沼地に変化していく。クルシュー砂州の面積は66平方キロメートル、全長は98キロメートル、幅は400メートルから3.8キロメートルの箇所がある。

 ここにはバルト海沿岸の異教徒の聖なる木があったが、やがてプロイセン王の猟犬の群れが押し寄せるようになり、18世紀には一部が自然保護区「王の森」になった。保護区に指定されたことで、砂州の樹木の大量伐採が行われた時にもこの場所だけは守られた。森林破壊は砂漠化をもたらし、半島の表面を自由にただよう、動く砂丘をつくった。この自然破壊は現在でも続いている。1987年には、国立公園「クルシュー砂州」に指定もされている。ここを保護するために資材や労働力を投入した場合、史上最高額の自然保護プロジェクトになるという。

 

宿泊先

クルシュー砂州にはペンション、宿舎、ゲストハウス、全ランクのホテルがたくさんある。すべてがルィバチイ、モルスコエ、ゼレノグラツクなどの村に位置している。宿泊代は一泊10ユーロから200ユーロで、ランクやシーズンによって異なる。

 150種の鳥の楽園 

 鼻先が日焼けした若い漁師のヴィーチャさんはこう話す。「ここで漁をするのは好きさ。父の膝ぐらいまでしか背丈がなかった小さい頃からカレイの釣りをしていた。昔は魚釣りだけじゃなくてカラスも焼いていた。本当だよ。魚網を地面に広げて、魚をオトリとして使うと、一日数百羽の鳥を捕獲できた。鳥の羽根をむしって頭を切り落とし、足を切って市場で売っていた。人々はカラスを買っていることを知らなかった。こういった購入者のために『プロイセンのハト』なんて名前があったぐらいさ」。

 春の黄昏時は、鳥の羽根の音が波の音をかき消す。数百羽の鳥は砂州の上で毎日羽ばたく。クルシュー砂州は大きな鳥の橋だ。150種の鳥が、北から南ヨーロッパや北アフリカに渡る際にここを通過し、移動期になるとその数が毎日数百万羽にも及ぶ。

 

 “人間的自然” 

行き方

カリーニングラード市でカリーニングラード発モルスコエ行きの593番バス(ゼレノグラツクで乗り換えあり)に乗り、クルシュー砂州まで行くのがもっとも簡単。所要時間は片道2時間。

 国立公園のルィバチイ村には、ヨーロッパ最古(1901年)の鳥類観察所「フリンギッラ」がある。「フリンギッラ」とは、クルシュー砂州の主な鳥種であるズアオアトリの学名である。鳥類学者はズアオアトリの渡りルートの高さ15メートルの箇所に、世界最大の鳥捕獲器を設置しているが、渡りのピーク時には1時間に8000羽以上の鳥がこの大きな網にかかる。これらの鳥すべての体重を測定し、健康診断を行い、足環をつけ、空に再び放す。

 ルィバチイ村の住人のアンナさんはこう話す。「クルシュー砂州は唯一無二の場所だけれど、人々はそのために訪れるわけではない。原生的自然や『手入れされた』自然ではなく、『人間的』自然を感じるためにここに来る。ここでは岩、波、木々に人間性が反映される。私たちもそのためにここに住むようになった。他にも砂は歌い、森は踊るしね」。

 

 Lori/Legion Media撮影

 

 踊る森 

 松の木々はからみ合って環をつくり、芯松はらせん状にねじれて地面に広がっていく。こんなおかしな自然現象をここでは「踊る森」と呼ぶ。数百本の松のゾーンは、普通の森の中に位置していて、突然現れる。小道を曲がると、言葉では言い表せない木々の光景を目にする。このような現象の自然について、説明はまだない。「踊る森」は砂に合わせて歌も歌う。歌う砂ももうひとつの不思議な現象だ。砂の結晶が珍しい形をしているため、粒子がこすれる時に普通の砂の音とは違う音を出す。

 砂は足のかかとから逃げながら歌い、犬のようにうなり、波のしぶきをこだまし、砂州の遠くまでメロディーを響かせる。この音を聴くには、一歩足を砂州に踏み入れるだけで十分だ。じっとしたり、走ったり、飛んだり、砂丘をながめたりしていると、砂の音があちこちで聴こえる。砂は世界有数の高さの砂丘をつくりながら波打ち際に集まってくる。「エファ丘」と「ミュッレラ丘」の高さは60メートルにも達する。

 

 「海、丘、砂漠、森、ツンドラ、すべてがここにある」 

 「ここで生まれて、カリーニングラード市に引っ越したけど、また戻ってきた。ここで暮らせるうちは、他の国や街でやることはないさ」と国立公園で働くウラジーミルさんは微笑む。「ここにはすべてがある。海、丘、砂漠、森、ツンドラ。目が偏ったカレイもいる。あれはあまりおいしくないけど。何よりも自然だけが生みだせる静寂がここにあることが一番さ」。

 クルシュー砂州へ行くなら、砂浜のネコヤナギがふわふわの“しっぽ”を咲かせる、波がそれほど荒れていない、5月から11月の間が最高だ。