山岳地域に暮らすバルカル民族

地元の住民である自営業者のマラト・ムシュカエフさん=

地元の住民である自営業者のマラト・ムシュカエフさん=

パーソナルアーカイブ
 バルカル人はスターリンから弾圧を受け、強制追放された歴史をもつが、今日、発展の停滞を克服し、失われたものを取り戻そうとしている。

 ロシア連邦カバルダ・バルカル共和国には今日、バルカル人のみが暮らす小さな村が100ヶ所ほどある。多くが山岳地域に位置し、平野に近づくとバルカル人およびカバルダ人の混合村になる。バルカル人村では、一般の住居と古代の建築物が隣接し、周辺にはさまざまな観光地がある。

 バルカル人の多くは伝統的な畜産業に携わっているか、またはにぎやかな観光市場で商売をしている。市場では毛織物や工芸品が販売され、民族料理のカフェが営まれている。

バルカル人の村=デニス・アブラモフバルカル人の村=デニス・アブラモフ

 

親戚と混合村

 地元の住民である自営業者のマラト・ムシュカエフさんはこう話す。「バルカル人は複数の分岐を経た親戚ばかり。エリチュビュ村で僕の親戚でない人はいないんじゃないかな。小さな村では遠い親戚同士が結婚するなんてこともある。ただ今は、ナリチクやチェゲムといった街に引っ越す若者が多くて、街ではカバルダ人と結婚していることが多い」

 大きな街になると、民族は混ざり合っている。例えば、ナリチク市(カバルダ・バルカル共和国の行政中心地)では、カバルダ人の人口の方が多い。バルカル人は手工芸や農業に従事しているが、カバルダ人は事業を営んでいたり、オフィスや行政機関で働いたりしている。

 ナリチク市生まれのバルカル人で、広告・マーケティング分野で働いているインディラ・グゼエワさんはこう話す。「追放はバルカル人の発展に大きな影響を与えた。独ソ戦中の1944年、ナチスドイツに協力したという嘘の容疑をかけられ、バルカル人はカザフ共和国やキルギス共和国に追放された。カザフ共和国やキルギス共和国で我々は殺人者、裏切り者と考えられ、歓迎されなかった。見知らぬ土地で苦労して働き、子どもたちは勉強できなかった。総じて、追放によってバルカル人は20~30年遅れた社会・経済におかれた」

 追放は13年続き、1957年(フルシチョフ政権時代)に間違い、違法と認められ、バルカル人は故郷への帰還を許された。

インディラ・グゼエワ=パーソナルアーカイブインディラ・グゼエワ=パーソナルアーカイブ

 

バルカル人の特徴

 「バルカル人と近隣のカフカス民族との違い?土着性が最も強いところかしら。バルカル人は共和国の外に出たがらず、山岳近くでとどまることに慣れている。私の父はお金を手にした時、ナリチク市の山に家を買った。中心部のマンションや新しい地区の戸建てを買う余裕もあったのだけれど。バルカル人は勤勉で不屈、厳しい肉体労働に慣れている。そうでなければ生き残れない」とグゼエワさん。

 グゼエワさんによれば、バルカル人はより正直であるため、商売人に向いておらず、カバルダ人ほど事業で誇示できていないのだという。

 

大学に進学

 「我々の祖父は弾圧のせいで勉強できず、我々の親は故郷に戻って家業を復興させなければならなかったために勉強できなかった。新しい世代にとって、高等教育はステータス」とグゼエワさん。

 知識は必要ではないと知っている村のバルカル人でも、街の大学に進学している。人気の高い経済学、法学を専攻している。

 それでも、伝統的な生活様式は保たれている。性別、社会的地位にかかわらず、どのバルカル人でもチーズをつくり、羊を放牧し、草刈り場で作業し、ウールのスカーフや靴下を編むことができる。子どもの教育は厳しい。父親は高校を卒業するまで娘たちを学校へ送ったりする。街の女子は現代風の服を着ることができるが、村の女子の多くはスカーフを着用している。また、家庭では子どもに内職を教える。

 「私は6歳で編み物を覚えて、学校を卒業するまで販売用にウールのスカーフ、セーター、靴下を毎日編んでいた。これは女性だけの仕事ではなくて、私の兄弟も編んでいた!1980年代、私の両親は他のバルカル人と同じように、他の地域やウクライナ共和国にウール製品を売りに行っていた。1990年代(ソ連崩壊後)はそんなに稼げなくなって、やめたけれど」とグゼエワさん。

バルカル人の村=デニス・アブラモフバルカル人の村=デニス・アブラモフ

 

一般人は村に、公は首都に

 ロシアには11万2900人のバルカル人が暮らしており、そのほとんど、10万8500人が、歴史的な故郷であるカバルダ・バルカル共和国に暮らしている。カザフスタンに残り、そのまま暮らしている人もいる。

 トルコには小さなバルカル人のディアスポラがあり、約1000人と推計されている。ヨーロッパの首都にも同規模のバルカル人が暮らしている。山岳地域から遠く離れた場所へと移り住んだバルカル人が、上流階級の人々であることは興味深い。これらの人々は山岳の公と呼ばれている。古代の名家の子孫であるが、共和国にはほとんど残っていない。