カレリア共和国に移住する外国人

ロイド・モリンさん=

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 ロシア北西部に位置するカレリアには世界のすべての大陸からやってきた数千人の外国人が暮らしている。興味深いことに、その大部分の人々は家族、仕事、あるいはこの北の地のユニークな自然など、それぞれの愛ゆえにカレリアに移り住んだという。

 「鉄のカーテン」が取り払われてから、ヨーロッパやアメリカにおいては、旧ソ連からの観光客や移住者は見慣れた存在となった。しかし逆に多くの外国人が、自分自身を再発見しようとロシアにやってきているという事実はあまり知られていない。当然ながらそのほとんどは観光客であるが、ロシアを永住の地にしようと移り住む人々もいる。大部分の人々が、とりわけペレストロイカ直後の数年は、モスクワやサンクト・ペテルブルグといった大都市を好んでいた。しかし2000年代の末にはロシアの地方都市でも外国人は珍しいものではなくなった。とくにカレリアなど、ロシアの国境地域には多くの外国人が暮らし、働いている。ロシア連邦移民局の統計によれば、現在カレリアには世界各国からやってきた数千人の外国人が暮らし、働いたり、あるいは学生生活を送っている。中でももっとも多いのは隣国からやってくるフィンランド人であるが、ドイツ、アメリカ、カナダ、日本、中国、東欧の人々、中東、アフリカ、南米出身の人々などもいる。

 

空気、空間、快適さ

 カレリアでもっとも有名な住民は、ヨーロッパで生まれ育ったポーランド人作家マリウス・ウィルクさんだろう。曲がりくねった運命と複雑な経歴をもつウィルクさんはレフ・ヴァウェンサ(ワレサ)元大統領の報道官および代理人を務めた経験を持ち、ポーランドの共産党政権に対抗し、ジャーナリストとしての活動を行い、特派員としていくつかの戦争を経験したが、家族の幸せ、家庭というものをここカレリアで見つけた。住んでいるのはオネガ湖の岸辺にあるコンドべレジナヤという小さな村だ。ここでウィルクさんは妻と娘との繋がりを除いて、ほぼ隠遁者のような生活を送っている。妻のナタリアさんはロシアのペトロザヴォーツク出身で、夫のウィルクさん同様、古きロシアに興味を持っている。ウィルクさんはロシア北部をテーマにした執筆活動を行っており、自身の隣人やオネガ湖周辺の村々で暮らすごく普通の人々について書いている。

 一方、ウィルクさんは隣接するペトロザヴォーツクに出かけていき、駆け出しの作家のためのマスタークラスを開いたり、将来の計画について講演を行ったりしている。

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 新著「湖畔の家」のプレゼンテーションを行ったウィルクさんは、その中で次のように語っている。「わたしは片方の足をペトロザヴォーツクに、もう一方の足を村に置いて、暮らしています。ですから街でも自分を訪問客だとは感じていません。それに、まもなく娘が学校に入学するので、ペトロザヴォーツクにアパートを買いました。そのアパートで一生、暮らそうと思っています。ですから、わたしにとってペトロザヴォーツクはわたしの娘が生まれた場所というだけでなく、わたしの人生の終わりの時期を過ごすために意識的に選んだ場所でもあるわけです。なぜなら、ペトロザヴォーツクはわたしにとって、その美しさとコンパクトさにおいてロシア北部で最高の街だからです。アルハンゲリスク、ムールマンスク、サンクト・ペテルブルグもペトロザヴォーツクには敵いません。小さな街に大きな湖という組み合わせは、空気と空間、そしてそれと同時に快適さを与えています。

 

ロシアにおける生活はハチミツの上の徒競走

 ドイツの起業家トーマス・ハインリッヒさんも愛ゆえにカレリアにやってきた。5年前にハインリッヒさんはインターネットでペトロザヴォーツクに住む女性と知り合い、彼女に会うためにこの街を訪れ、そのままこの北の地に留まった。ハインリッヒさんはドイツの伝統的な価値観と持ち前の規律正しさから、ときにロシアの生活スタイルに自分を合わせるのは難しいと打ち明ける。しかし、ドイツ生まれのハインリッヒさんは嘆いたりはしない。ビジネスをしながら、湖の畔に家を建てている。

 ハインリッヒさんは笑いながら次のように話す。「もちろん、ドイツのようにすべてが穏やかというわけではありません。ドイツ人でもここに移り住みたいという人はそういないでしょう。自分がこれまで慣れ親しんできた生活様式を失ってしまうという恐怖というのはあります。しかしわたしはそれと闘い、困難にも立ち向かう用意がありますし、ロシアで生活する心構えができています。ロシアでの生活はハチミツの上で行われる徒競走のようなものです。ベタベタしていて、足が重くて上がらず、はまり込んでいく・・・、しかし、先に進まなければなりません。幸運なことに、どうやらわたしの足は強靭のようです」

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 ハインリッヒさんはカレリアで子どもの頃からの夢を叶えた。その夢とはロシアの自動車「ニヴァ」を買うというもの。この自動車は快適さではドイツ車には劣るが、燃費がよく、森の中の整備されていない道でも軽快に走ることができる。そして、ハインリッヒさんには困難を克服するモチベーションとなる愛する人がいる。ロシア人の妻との間にはとてもかわいい娘ミヤちゃんが生まれた。このような短い名前をつけたのには理由があるという。ロシアで生まれたすべての人に伝統的につけられる「父称」にぴったり合う名前を探した結果なのだそうだ。

 「短い名前で、愛称そのものが名前になるようなものにしたかったのです。というのも、何よりわたしはロシアの伝統に従い、娘に父称をつけたかったのです。わたしの名前トーマスから派生する父称トマソヴナと、わたしの苗字ハインリッヒに合う名前はそうたくさんあるものではありません。しかしミヤ・トマソヴナ、この組み合わせはとてもいい響きでしょう?」

 

カナダにとても似ている

 カナダの若い言語学者ロイド・モリンさんは言語学およびカレリア語(カレリア人はウゴル語族フィン・ウゴル語派に属し、フィン人、エストニア人と同グループで、フィンランドおよびロシアのカレリアに暮らす)への愛ゆえにカレリアにやってきた。カナダでは芸術大学で学んでいたが、その後、ロシア語を勉強し、ロシア史とロシア文学を学んだ。2010年に交換留学でサンクト・ペテルブルグを訪れ、2013年にカレリアに隣接するフィンランドの街ヨエンスーで、社会言語学という新たな分野での学業を続けた。ヨエンスーはフィンランドの中でも、カレリア語とカレリア文化の学習の中心的な場所のひとつだったことから、モリンさんはカレリア語に大きな興味を持つようになり、2014年にペトロザヴォーツクに移り住み、そこで言語の学習に真剣に取り組んだ。現在、彼はおそらく多くの地域の住民よりもカレリア語に精通した人物と言えるだろう。

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 モリンさんはカレリアがとても気に入っている。カレリアの自然はカナダにとても似ていると話す。「気候はこちらの方が遥かに寒いですが、わたしはウィンタースポーツが好きなので、そういう意味では寒いのも大きな利点です」

 またモリンさんは、自然との関わりを失ってしまった大都市の住民とは異なり、カレリアの人々にとって自然は重要な役割を果たしていると考えている。「だから、わたしにとってはここで暮らすのが快適なんです」