戦争の声

ユーリー・レビタン=フョードル・キスロフ撮影/タス通信

ユーリー・レビタン=フョードル・キスロフ撮影/タス通信

全ソラジオ局アナウンサー、ユーリー・レビタンの声で、20世紀半ばにソ連に生じた重要な事件がいくつも伝えられた。その第1のニュースが大祖国戦争(独ソ戦)だ。ヒトラーはレビタンを自分の第1の敵と見なし、レビタンの首に25万マルクの懸賞金を賭けた。(信じがたい話だが、これは事実。ヒトラーの敵のリストで、スターリンは2番目だった)。

 仕立屋と主婦の息子として生まれた9年生のユーリー・レビタンは、俳優になることをめざしてウラジーミル市からモスクワへやってきた。演劇大学は、彼に田舎訛りがあったため不合格だったが、著名な俳優ワシーリー・カチャーロフが選抜したラジオアナウンサー・グループに入った。

 その後まもなく、ラジオで研修生として活動を始めたばかりのレビタンの運命を決める出来事が1934年1月に起こった。放送で彼の声を聞いたスターリンが、国家ラジオ委員会議長に電話し、今後、ラジオを通じての私の報告はこのアナウンサーに読ませるようにと言った。こうして研修生ユーリー・レビタンは、その稀な声質と表現力をもつ声のお陰で、ソ連の重要なアナウンサーになった。

 

「お知らせします! こちらはモスクワ放送局です!」 

 1941年の朝、ラジオ委員会の電話がけたたましく鳴った。キエフとミンスクの特派員からの電話で、ファシスト・ドイツ軍の突然の攻撃を伝えてきた。モスクワでは挑発ではないかと危惧したが、念のため、レビタンが放送局に呼ばれた。間もなく伝書使によるクレムリンからの公用封書のファイルが届き、そこには放送しなければならない2行の言葉を書いた紙片があった。「12時に重要な政府発表が行われます」という言葉だ。

 「お知らせします! こちらはモスクワ放送局です! ソ連国民の皆さん! 政府声明をお伝えします。今朝4時にドイツ軍は、ソ連に対するいかなる抗議もなく、宣戦布告もなく、我国を攻撃しました」――全国に情況を伝えるユーリー・レビタンの声が流れた。

ビデオ:YouTube.com

 1941年秋以後、「こちらはモスクワ放送局です」というレビタンの声は、スベルドロフスクから伝えられた。モスクワ郊外のすべての放送アンテナは、ドイツ軍が爆撃の目標に利用したため、撤去しなければならなかったためだ。レビタンは、最高指揮官やソ連情報局の命令をモスクワから電話で受けていた。1943年3月にユーリー・レビタンはクイブィシェフに移された。ラジオ委員会はすでにクイブィシェフに置かれていたのだ。しかし戦争が終わるまで、彼の声は首都モスクワから流れているものだと誰もが信じ切っていた。レビタンがスベルドロフスクで放送していたという情報が秘密解除されたのは、それから25年後のことだ。

 1945年5月9日、レビタンはクレムリンに呼ばれ、ファシスト・ドイツ軍に勝利したことを伝える最高指揮官の宣言書を渡された。宣言書は35分後に読まねばならなかった。スタジオ入りするには赤の広場を横切らねばならなかったが、赤の広場は、まるで人の海だ。レビタンはその時のことを思い出して言う。「同志諸君」と叫んで言った。「通してくれ、私たちは仕事なんだ!」 ところが返って来た答は「何か仕事だ! 今、レビタンがラジオで勝利宣言を伝えてくれる。皆と一緒に、待って、聞けよ!」という叫び。急いでクレムリンに引き返さねばならなかった。クレムリンにはクレムリンの放送局があったから。21時55分にレビタンはファイルの封印を破って読んだ。「こちらはモスクワ放送局です! ファシスト・ドイツ軍は全滅しました」

 1941年から45年の戦争の年月に、レビタンはソ連情報局の戦況ニュースを2000件読んだ。当時はそれは録音されなかったが、1950年代になってレビタンは、その戦況ニュースや報告の一部を、歴史に残すため、改めて録音テープに吹き込む許可を求めた。

 

「私は人びとを裏切ることはできない。私を待っていてくれるのだから」 

スライドショー:


包囲下のレニングラード

 レビタンが最初に心臓を患ったのは1945年の中頃、放送でアウシュビッツの原稿を読んでいるときだった。彼は心臓発作で死ぬのだが、それは40年近く経ってからのこと。1983年にプロホロフカで、クルスクの戦いの記念日の祝賀式典が行われている時だった。その時までに、「ソ連の全放送局」のトップだったアナウンサー、ユーリー・レビタンは、さらに多くの政府声明や赤の広場からのルポを読み、最初の有人宇宙飛行のニュースも世界中に伝えることができた。

 プロホルカに出発する前にレビタンは友人たちに心臓の痛みを訴えていた。旅行を中止するようにと皆が説得したが、彼はひと言、こう答えた。「私は人びとを裏切ることはできない。私を待っていてくれるのだから」