泳げる人こそ溺れる

コンスタンチン・ソロマーチン/saltimages.ru撮影

コンスタンチン・ソロマーチン/saltimages.ru撮影

冬の寒さが厳しいモスクワも夏はやはり暑い。それほど川や沼が多いわけではないが、夏になると、遊泳を楽しむ若者たちが一気に増える。そこへあの人口だから、ロシアのレスキュー隊の活動も熱くなる一方だ。ロシア非常事態省のモスクワ支部では、モスクワ西部の人気ビーチ「銀の森」を守るレスキュー隊「タタロボ」が全隊員の模範とされている。その活動を追う中で、彼らの訴えたい警鐘が伝わってきた。

首都の模範隊「タタロボ」

 救助ステーション「タタロボ」は見た目は何の変哲もない。ランチ、モーターボート、そして交代制の4~5人の隊員だけ。筆者を迎えてくれたのは「パールイチ」とだけ自己紹介したこの班の隊長だ。

 「我々の受け持ち区域の端から端までは4.2キロ。でも、湾曲した両岸を監視しないといけないから、計9キロほどになる。暑い時は、休日には一度に2万5000~3万人が押し寄せる。ピーク時は5万人に達する」

 そうした時期には、隊員はランチとモーターボートから降りる間もない。

 

SOSしても間に合わず

遊泳は「聖イリヤの日」まで

 一般には川や湖の水温を確認してから泳ぎ始めるが、ロシアでは聖人が水への道を示すとされている。具体的には聖ニコライのことだ。5月22日は春の聖ニコライの日で、この祝日の後から泳ぐことができる。

 ロシアで遊泳シーズンが終わるのはかなり早く、8月2日の聖イリヤの日である。夏がまだ残っていることは重要ではない。「男は聖イリヤの日まで泳ぎ、聖イリヤと川と別れる」という慣用句もある。この日は必ず雷雨になると信じられており、その後の湖と川の水は冷たいと言われる。

 誰かが溺れて、周りの人がそれに気づいてSOSしても、助かる見込みはあまりない。

 救助隊の経験によると、溺れ出した人間が頑張れる時間はせいぜい15分。しかも、この間、叫んだり手を振ったりして助けを求める余裕はない。空気を吸い込み、手は水をかいて浮かんでいるのに精いっぱいだ。

 水中に沈んでしまうと、助けられる時間はいよいよ少なくなる。この場合、救助は7~10分後には終わる。この間に救助できなければ、今度は遺体の捜索をすることになる。生きて助けられるチャンスは事実上消えているからだ。

 「対岸にあまり人がいないと、あっちの方が水がきれいだと思い込み、多くの人が対岸に泳いで渡ろうとする。特に酔っ払っていると、そんな気になりやすい」

 若いレスキュー隊員のユーリーさんが続けた。

 「事実の示すところでは、溺れるのは泳げない人ではなく、泳げる人の方だ。思い切って冒険すると、思いがけず足がけいれんしたり、ボートやヨットの波をいきなりかぶったりする羽目になる。ここは一応航路だから。対岸の水はこっちと同じで別にきれいじゃない。川底の鉄筋や、沈んだ船や車や、建築廃材などに簡単にぶつかり、けがをして溺れることになる」

 ユーリーさんはこう言いながら水中から何かを引っ張り上げた。魚を捕らえるための網だった。

 「ここで網を仕掛けるのは禁止されている。泳いでる方は気がつかずに足をとられて、遭難しかねない」

 事故が起こってからでは間に合う可能性はわずかなので、危ない場所で泳いでいる人間を事故が起きる前に追い出した方がいいということになる。 

 ロシアでは「遊泳禁止区域」で泳ぐのはありふれたことで、罰金を取られることもめったにない。

 岸辺から音楽が大音量で聞こえてくる。まだ夏休みの時期ではないが、「銀の森」のビーチにいる者は2000人は下らない。

 「ロシアじゃ、バーベキューのあるところにはビールがあり、ビールがあるところでは『海は膝までの深さしかない』(恐ろしさを知らないという意味のロシアのことわざ)」

 我々の会話は、次のようなやり取りで遮られた。

 救助隊員「失礼ですが、ここは遊泳禁止ですよ」

 泳いでいる人「え、何が禁止だって」

 「遊泳禁止です。罰金2500ルーブル(約7500円)です。沖合は航路だからもっと岸の近くで泳がないとね。水上バイクに脳天をガンとやられても、誰も気付きませんよ」

 「いやあ、ごめん、ごめん」

 彼は岸の方に抜き手を切った。隊員が私に言った。

 「もうちょっと遠くへ行ったら、振り返ってみましょう。さあ、振り返ってごらんなさい。何が見えます?」

 たった今追い払った場所に、同じ頭が浮かんでいるのだった。