クリミアタタール人

AP通信撮影

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ウクライナの出来事で最も重要な問題の一つはクリミアタタール問題だ。一般的に言って、クリミアタタール人はロシアへの編入に否定的だ。同時に、クリミアタタール人の活動家たちはロシアとの正面対決を控えてきた。

 クリミアタタール人は13~17世紀にクリミアの地に形成されたチュルク系民族。自らを「クルムル(クリミア人)」と称している。

 1783年のエカテリーナ2世の布令の後にクリミアハン国が廃止され、クリミア人にとってロシアの時代が始まった。

 1920年代から30年代にかけて、ソビエト政権はクリミアタタール人の民族文化の発展のために多くのことを為した。ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国の構成下にクリミア自治共和国が創設された。

 1944年、クリミアタタール人は半島から追放された。この出来事は重要な契機となった。

 第一に、それは「民族を固く結束させた」。第二に、今も残る大ロシアに対する嫌悪感を強めた。ロシア編入をクリミア人が懸念する理由はこの嫌悪感にあるといえるだろう。

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 現在、最も有力なクリミア人組織「メジリス」をすべてのクリミアタタール人が民族的利益の唯一の代弁者とみなしているわけではない。

 2014年、「民族党」のリーダー、バスビ・アブドゥライモフ氏はユーラシア統合に賛成してウクライナの新政権に反対。3月の住民投票を支持した。

 その際、多くのクリミア人は現実主義の姿勢をとった。年金生活者のジリャラ・セインチレエワさんは「ロシアはクリミアタタール人に特権のようなものを与えることを余儀なくされた」と語る。

 クリミアタタール問題にはさまざまな側面がある。土地の問題、政権の代表、ウクライナとの相互関係、国家的・宗教的関係構築の問題。すべてこれらの課題はその意思が双方にあれば、前向きに解決されうる。

 そのためには並はずれた解決策、プラグマティズム、歩み寄りがすべての当事者に求められている。

 

セルゲイ・マルケドノフ氏、ロシア国立人文大学准教授  

(本稿執筆にアンドレイ・ラスキン氏が協力した)