ソ連版スペースシャトル「ブラン」は何でギネスブックに載ったのか?

Albert Pushkarev/TASS
1988年11月15日、大型ロケット「エネルギア」が、カザフスタンのバイコヌール宇宙基地から発射され、ソ連版スペースシャトル「ブラン」を地球低軌道に打ち上げた。この宇宙船は無人で、自動モードで地球の周りを2周し、宇宙基地への着陸に成功した。

 この再利用可能な宇宙船(宇宙往還機)は、貨物と宇宙飛行士を軌道に運び、地球に帰還することが計画されていた。宇宙で軍事ミッションを行う予定もあった。

 ブランは、無人軌道に乗り地球への帰還に成功した最大の宇宙船として、ギネスブック(現在は「ギネス世界記録」)に登録された。

 ソ連のこの宇宙船は、高価な一回限りの打ち上げに代わる良い選択肢だと考えられていた。これに似た機種もいくつか製造され、試験飛行も何回か行われたが、計画が定着することはなかった。ソ連崩壊後の1990年代初頭に、この計画は、高コストと不採算のため終了した。

 「ブラン」自体の運命は悲劇的だった。1号機はカザフスタンのバイコヌール宇宙基地に保管されていたが、2002年5月、整備棟の屋根がブランの上に崩落した。損傷した宇宙船はばらばらに切断され、金属スクラップとして売られた。

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