宇宙関連事業の予算は、初期の宇宙飛行士の給与に至るまで、ソ連時代は国家機密であった。しかし現在では、危険な任務に就いた彼らの給与体系が明らかになっている。
機密解除された文書に加え、宇宙飛行士の訓練を主導した一人であるニコライ・カマーニンの日記も貴重な情報源だ。日記の中でカマーニンは、誰がいくらもらっているか、といった仔細なことまで書き残している。
「例えば、ガガーリン少佐の給与は、私より100ルーブル少ないに過ぎない」とカマーニンは書いている。では、ガガーリンや他の宇宙飛行士たちの給与はいくらだったのか?
ガガーリンの大型ボーナス
宇宙開発の黎明期、ソ連の宇宙飛行士の月給は350~450ルーブルだった(ソ連の一般的な平均月給は80ルーブル)。ニコライ・カマーニンの日記をまとめた『隠された宇宙』によれば、ユーリー・ガガーリンは様々な増額分も併せると、その月給は632ルーブル(月給$575、年給$6,900に相当)になった。
人類初の宇宙飛行に対しては、15,000ルーブルの賞与が与えられた。ソ連の平均給与187か月分である。
ゲルマン・チトフ、ヴァレンティーナ・テレシコワ、アンドリアン・ニコラエフ、ヴラジーミル・コマロフ、アレクセイ・レオーノフら、1960年代前半の宇宙飛行士たちも、同じような給料をもらっていた。
当時の宇宙飛行士には、お金以外の報酬もあった。その英雄的な職務に対して様々な「プレゼント」が贈られていたのである。例えば、ガガーリンは前述の金額に加えて、家具と最新家電付きの4部屋の住宅が与えられた。また、当時はソ連のエグゼクティブ・クラスに相当した自動車「ヴォルガ」も贈られている。ヴォルガより上のランクは「チャイカ」しか無かったが、こちらはそもそも個人には販売されない車種で、従って定価も存在しなかった。ちなみに、ガガーリンが初飛行の賞与として貰った金額で、あと3台はヴォルガが買えた。
さらに、ガガーリンは両親のための家も割り当てられた。他に、コート、スーツと帽子を2セット、ワイシャツ6着とネクタイ6本、下着6セット、靴を2セット、手袋と軍服、スーツケースと電気シェーバーも貰っている。宇宙飛行士たちの妻子と両親にも、おおむね同じようなセットが贈られていた。
もっとも、この豪華な褒賞はまもなく変更された。党の決定により、1967年から報奨金の支払いにランク付けがなされるようになった。ランクは、飛行ミッションの難易度に基づく。通常の飛行ミッションは最小ランクの賞与2,000ルーブルと評価され、「宇宙開発の新たな課題の解決」に関わる飛行ミッション(月の周回や、月面着陸など)の場合は、5,000~15,000ルーブルとなった。
支払い体系のこのような変化は、宇宙飛行士の飛行が英雄的な挑戦から、危険とはいえ通常の任務となったことを示している。1975年、ソユーズ17号で30日間の飛行を終えたゲオルギー・グレチコは5,000ルーブルを得た。ガガーリンよりもだいぶ少額だが、それでもヴォルガの新車を買うには足りたであろう。
現在の宇宙飛行士の給与
この写真をご覧になったことはあるだろうか?ロシア人が笑顔を見せるのをいかに嫌がるか、という事例として有名になった一枚だ。
あるいは、こちらの写真。
こちらの写真は?
ロシアの宇宙飛行士が笑わない理由…ひょっとして、他の国の宇宙飛行士よりも給料が安いからでは?説得力のありそうな仮説だが、実情は違うようだ。
ロシアの宇宙飛行士の給料は、NASAや欧州宇宙機関と比べると低いとされる。ロシアの宇宙飛行士・テスト宇宙飛行士のオレグ・アルテミエフが2019年、国際宇宙ステーションからの帰還後に語ったところによると、彼の同僚の中には、金のために宇宙飛行士の道に進んだ者は一人もいない、とのことである。確かに、給与の額を見ると、その通りだろうと頷ける。ロシアの宇宙飛行士の給与は129,000~166,000ルーブル($1,600~2,000)の間で推移している。一方、NASAの宇宙飛行士の給与は平均して$8,000~9,000、欧州宇宙機関の場合は$7,000~8,000であった。
しかし、宇宙飛行士の給料がたったの$2,000などということがあり得るだろうか?もちろん、有り得ない。実情はもう少し複雑だ。ロシアの宇宙飛行士の給与体系は、欧米のそれとは異なる。彼らがもらう給料の大半は、増額分なのだ。
ロシアの宇宙飛行士の場合、例えば、宇宙飛行自体に対して増額分が上乗せされる(給与の55~120%相当)。それが初飛行なのか、それとも既に宇宙飛行経験があるのかも関係してくる。勤続年数や学位、超過勤務、他の専門技能の保有、実績などに応じた増額もある。任務の過程で何らかの世界記録を樹立した場合、給与50か月分相当の褒賞が出る。
オレグ・アルテミエフによると、宇宙滞在中は日当として$400が支払われるとのことだ(なお、アメリカの宇宙飛行士の日当は5$に過ぎないものの、“地上の”給料は高額とのこと)。
つまり、国際宇宙ステーションに4か月間の出張(これは短期出張の部類だ)をすると、宇宙飛行士は日当だけで$48,000を支払われるということになる。この日当は、ミッションで予め規定された毎日の業務に対して支払われるものだ。これに対し、ドッキング作業や積込み・荷下ろし、船外活動などは全て超過勤務とみなされ、別途に支払いが行われる。
こうして、ロシアの宇宙飛行士は国際宇宙ステーションにおける1回の任務で900万~1千万ルーブル($110,000~122,000)を稼げるのだ。さらに地上への帰還後も、契約に基づく褒賞が待っている。
もっともソ連時代と異なり、宇宙飛行の褒賞として自動車や家や別荘が与えられることは、今は無い。