「ソ連はUFOと交信していた」

2009年、モスクワの近く、不思議な形の雲 =レオニド・サヴィノフ/ロシア通信撮影

2009年、モスクワの近く、不思議な形の雲 =レオニド・サヴィノフ/ロシア通信撮影

ソ連はUFO問題にマジで対応していた。KGBと国防省には、超常現象に関する情報を収集、分析する、特別な下部組織があった。また軍事専門家は、UFOを呼び、交信する方法も知っていた…。

大統領に渡されるUFO資料一式 

 ロシアのドミトリー・メドベージェフ首相は最近、予期せぬ質問を受けた。ロシアの指導者には、核スーツケース(核兵器使用コードが保管された装置)と一緒に、UFOに関する情報が入った秘密のフォルダーが手渡される、という話は事実であるか否かというのだ。

 首相はそれが事実であると認めた。そしてフォルダー以外にも、ロシアに現れた宇宙人を管理する特別機関の報告書も受け取ったという。

 当然ながら、これは冗談と受け止められた。まじめな話をすると、ソ連でも現在のロシアでも、UFOや超常現象に関する話は機密事項になっているため、これについて何らかの情報を公表する政府高官はいない。

 

ジゲリ学会 

 だが、政府高官の職からすでに離れている専門家は、若干自由に情報を発信したりする。ソ連時代に軍高官を務めていた複数の人物は最近、UFOに関する秘密を明かす決心をした。

 3月末に開催された会議「ジゲリ学会」でそれは起こった。ちなみにジゲリとは、ソ連の天文学者で数学者、またロシアのUFO研究を立ちあげた、フェリク ス・ジゲリ氏のことだ。超常現象を研究するこの会議は、モスクワで年2回開催され、すでに20年以上も続いている。

 ソ連では長い間、UFOに関する情報が非科学的なファンタジーで、研究者のテーマにはならないと考えられていた。だが一部の専門家は、これこそが深い研究を必要としているテーマだととらえていた。

 

1978年のUFO出現がきっかけに 

 ロシア連邦保安庁(FSB)予備役少将で科学アカデミー会員のワシーリー・エレメンコ氏によると、 高官のUFOに対する考え方が変わったのは、1978年のことだ。

 フィンランドと国境を接するカレリア共和国の首都ペトロザヴォーツクで、数百人あるい は数千人の住民が数時間の間に、上空に奇妙な光る物体を目撃した。驚いた住民らは、市政府に手紙を書いたり、電話をかけたりした。また隣国からも、ソ連が 何かおかしな演習をやっているのではないかと、政府に問い合わせがあった。

 これを見かねた、ソ連原発の父で、アカデミー会員のアナトーリー・アレクサンドル氏は、この問題を無視し続けることは間違いであり、特別な超常現象研究プログラムを立ち上げるべきだという旨の書簡を政府に送った。

 エレメンコ氏は、当時ソ連国家保安委員会(KGB)で、空軍 と航空機製造を管理していた。そしてエレメンコ氏の下部組織に、UFO現象に関する情報をすべて収集するよう、命令が下された。

 

UFOを呼ぶ実験が成功 

 同氏によると、この時までに、超常現象らしき報告はたくさんたまっていたという。ロケット軍には、UFOを発見した際に、自発的な行動で相手を刺激してはならない、などの対応が指示された。

 アストラハン州の軍区では1980年代初め、UFOを呼ぶ実験が行われた。専門家はこの時までに、超常現象が兵器や軍事技術の実験の際など、「特に緊張している」場所で多く起こっていることをつきとめた。

 「実験をしている間に、UFOを呼ぶ術を習得したと言える。そのため、軍用機の飛行回数や軍事技術の移動が急激に増えた。ほぼ100%の確率で、UFOが現れたと言える」とエレメンコ氏。飛行物体は主に、光る球体だったという。

 軍人と研究者、また実験に参加していた人々は、3つの結論に到達した。一つ目は、現代科学では理解することのできない自然現象である可能性。二つ目は、アメリカあるいは日本の偵察機である可能性。三つ目は、地球外文明の活動の可能性である。

 UFOは今日、タブロイド紙の定番のテーマになっている。エレメンコ氏はこれ故に、まじめな研究者がUFOについて語るというリスクを冒さなくなり、沈 黙を守っているのだと考える。パイロットや宇宙飛行士との個人的な会話では、超常現象の話が幾度となく出たという。だが、誰一人として、公にそれを話そう とする者はいないのだそうだ。UFOの話は安全問題であるため、極めて真剣に取り組まなければいけないと、エレメンコ氏は考える。

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