伝説のセヴァストポリ、敵に難攻不落

セルゲイ・サヴォスティアノフ撮影/ロシースカヤ・ガゼタ紙

セルゲイ・サヴォスティアノフ撮影/ロシースカヤ・ガゼタ紙

記事の見出しはクリミア半島セヴァストポリ市の市歌の一節。歌にはロシアの栄光の街という句もある。

 かつて古代ギリシャのケルソネソスがあったクリミア半島の南西沿岸に1784年、ロシア帝国の女帝エカチェリーナ2世の命令によって要塞が築かれた。セヴァストポリと命名したのもエカチェリーナ2世で、もととなっているギリシャ語名のセヴァストポリスには、名誉ある、聖なる、または偉大なる街、栄光の街という意味があると言われている。エカチェリーナ2世や将軍がこの土地に見出した優位性とは、防風の役割を果たしている深淵の湾が30湾あること。湾の一部は8キロメートルも崖に切り込んでいる。セヴァストポリは長年にわたり、黒海におけるロシア帝国およびソ連の重要な基地であった。

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 ここがもっとも厳しい局面を迎えたのはセヴァストポリの戦いの時。1941年から1942年にかけての250日間、赤軍と黒海艦隊が昼夜を問わず、ドイツ軍から街を防衛。拠点からの離脱を余儀なくされた時でも、地下活動を続けた。

 セヴァストポリは1948年以降、ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国の特別市となっていたが、1954年にニキータ・フルシチョフ第1書記によって、クリミア半島とともにウクライナ・ソビエト社会主義共和国に移譲された。ウクライナ共和国への編入後も根本的な変化はなく、キエフは事実上、いかなる影響力ももっていなかった。ソ連の重要な海軍基地のひとつであったセヴァストポリは、モスクワとソ連国防省が直轄し続けた。

 状況が大きく変わったのは1990年代初め。ウクライナが独立し、セヴァストポリがクリミア半島とともにそのままウクライナの一部になった時だ。

 1997年に「ロシア・ウクライナ友好協力条約」が結ばれた際、ロシアはセヴァストポリがウクライナの街であることを認め、国境不可侵に合意した。ウクライナはセヴァストポリの海軍基地に対するロシアの権利を留保し、ロシア黒海艦隊が2017年までクリミア半島に駐留することを認めた。

 ロシア黒海艦隊戦役・戦略軍団に含まれているのは、どのような組織と装備だろうか。それはセヴァストポリ艦隊司令部、第68水域警備旅団、第17海軍兵器庫、第810独立海軍歩兵連隊、第247独立潜水艦大隊、第854独立沿岸ミサイル大隊、独立海洋技術大隊、通信センター、第30水上艦艇師団、ミサイル巡洋艦「モスクワ」、ミサイル・コルベット「ボラ」と「サムム」、支援艦旅団、揚陸艦旅団、ミサイル艇、独立襲撃航空連隊、独立混合航空連隊、独立無線技術旅団、武器庫、軍事品・弾薬庫、修理工場、下級指揮官養成学校、軍人2万5000人(企業や海軍の施設の職員を除く)だ。家族を含めると10万人以上になる。

 ロシア・ウクライナ友好協力条約の黒海艦隊駐留条件によると、ウクライナの陸・水域にロシア艦艇最大388隻(うち14隻はディーゼル潜水艦)が入ることが許可されている。租借しているシンフェローポリのグヴァルデイスコエ軍事空港とセヴァストポリのカーチャ軍事空港には、航空機161機が入ることができる。これはトルコ海軍の軍事力に匹敵するが、実際にはロシアにこれほどの艦艇と航空機はない。

 条約は20年有効。一方の国が有効期間満了日より1年以上前に他方の国に書面で解除の連絡をしなければ、その後5年ずつ自動更新されていく。

 2010年4月のハルキウ条約では、黒海艦隊のセヴァストポリ駐留期間が2042年まで延長されている。ロシアは海軍基地の租借費用として、ウクライナに毎年9800万ドル(約98億円)を支払っており、さらにハルキウ条約の条件にもとづいて、ガスを1トンあたり100ドル(約1万円)割引している。

 ロシアは黒海艦隊の代替基地を自国の領域内に建設していないため、このような支払いの合意は必須。黒海に面したノヴォロシースク港は浅瀬で、必要なインフラが整っていない。黒海艦隊には、潜在的な敵軍の空母を黒海に寄せ付けないよう、ロシア南部を守るという重要な戦略的課題があるのだ。